第5話 海 駅前「デ・ジャブ

日本海の海水浴場。親子連れが結構来ている。

愛美は砂浜で脱いだサンダルを手に持ち、波打ち際ではしゃぐ。

それを見て将太が手を振る。

【女の子とのデートって、こうも違う物なのか?……悪くないな】と将太。

はしゃぐ愛美の周りにも小さい子を連れた家族がいる。

一組の親子を見ながら愛美は湧き上がる負の感情を抑えていた。

その感情を誤魔化すように、波と戯れ、時々将太の方を見る。

手を振る将太を確認すると、負の感情が少し収まる。

【将太さんとなら、、、】乙女心が膨らんでいくのが嬉しい愛美。


国道沿いのファミレスで昼食。

愛美の携帯のテキスト変換アプリを試してみる。

おかしな変換も時々ある。

”しゃべりかた わるい”

”わかりません”

二人で笑い合う。声を出すのは将太だけだが。

”ライントーク おんせいへんかん ある?”

”判りません すみません”

”いまのままでいいか ライントークだけで”

”構いません 将太さんが良いなら””

”しゅわ すこしづつおぼえるから”

”どうやって?”

”ゆうつべ”

”私の個人授業だダメですか?”

”しごとおわりがおそかったり

 やすみのひあわないし

 ようじもあるし”

”判りました すこし寂しい”

拗ねた愛美。

”ごめん じかんつくる れんらくする

 はやばんのひ いっしょにめしくおう”

”無理しないでいいです”

”むりしないていどにれんらくする”

”週一くらい?”

 ……

”2しゅうにいちどくらい”

 ……

”判りました。連絡ください”

嬉しい様な、寂しい様な。


それから本当に2週間に一度、火曜日の夜に将太と愛美は駅前の喫茶&レストラン「デ・ジャブ」で会う事になった。

一番隅の席で食事した後、”こんにちは”や”ありがとう”から始まった。

将太は前回習った手話を間違えたり、忘れたりしていて、何度も頭を掻いた。

”ものおぼえわるいから”バツの悪そうな顔で頭を掻く将太。

愛美は将太と会えることが嬉しくて、手話の上達は二の次、三の次と自分に言い聞かせていた。

本当は手話で会話したいのはやまやまだが。

”良いです 無理しないで”寂しい思いと嬉しい思いがごちゃ混ぜの心の愛美。それでも顔は笑顔で。


将太は手話の練習が一息ついた時、昔の事を思い出した。


将太が今の仕事に就いてから、2度女性客から食事やデートに誘われた。

最初はニコニコしていた。話題も提供してくれた。時々、冗談を言えば笑ってくれた。

3回目、4回目。帰り際に急に怒られた。

「そんなに私の事、嫌いですかっ?」「他に好きな人、いるんですかっ?」「なんで、何もしないのっ?」

多分、そんな事を言われた様な気がする。

相手の顔は怒っている。悲しそうな顔で怒っている。

将太、個性が出た。

相手をどの様に送っていったか覚えていない。


テーブルの向こうに座る愛美を見ると、笑顔を返してくれている。

昔、誘われた相手も笑ってはいたが、何処か違う愛美の笑顔。

【何だろう、、、愛美は。俺にとって、、、】

怒らない愛美のおかげか、将太の”個性”は出ていない。



【自分勝手、自己中心的、わがまま、将太への形容詞はそんなもんかな~。】

愛美は一人でいる時、将太を分析していた。

合っているかどうか判らない。

ただ、今まで会った事のある健常者には居なかったタイプではあった。


聾学校へ毎年一度、NPO障害者支援団体の人たちが来る。

悩み事や困った事、不平不満を聞いてくれ、レクレーションで楽しいひと時を下さるんだそうだ。表向きは、、、。

「最近、嫌な事あった?」

「心無い人とか居なかった?」

「突き飛ばされたりしなかった?」

幾つかのグルーに分かれ、学校の先生が手話の通訳をし、生徒たちの話を聞いている。

日頃の鬱憤を晴らすように、激しく手を動かす人。

駅とかショッピングモールで体験した事を手話する人

特に無い。別に~。とかしか反応しない人。愛美もその一人。


【……要は、次のターゲットを探しに来てるだけじゃねぇ~か。】愛美の心の声。


具体的な施設やお店、人物が特定できれば大収穫。そこへ突撃して持論を述べ、支援金の話をする。

支援金と言う善意を受け取ることが出来れば、特典で”障害者に優しい優良施設”とか言うステッカーが付いて来るんだそうだ。

愛美の”何も無い”と言う態度に、ある人は、

「私は、貴方たちの味方よ。安心してちょうだい。」

「いままで貴方たちは随分と我慢してしてきたのよ。」

「遠慮する事なんかないわ。もっと自由になって良いのよ」

「声をあげましょう。怒りの声を。私たちが代わりに叫ぶわ。」

「私たちは世の中を変えようとしてるの。」

と空中を見上げ、大きく鼻を膨らましてるドヤ顔のおばさん。


【ハイハイ。……あなた方の自己満足、精神的オナニーのおかずにして頂いて、大変光栄ですわ。】


心の中で話す。声にしてはいけない。もっとも声は出ない。精一杯の作り笑いで答える愛美。


【将太さんとなら、、、】妄想、いや期待が膨らむ愛美。


将太の手話、なかなか上達しない。

将太の性格が災いしている。

【あ~めんどくせ~。身振り手振りでも、マスク外せばこいつ、唇読めんじゃん】

将太は自分自身にイラつき、態度も投げやりになる。

愛美はイラついたのは自分の教え方が悪いと気に病む。

健常者通しのカップルなら、”相手が悪い”前提で口喧嘩になるデメリットも、原因が判り合えるメリットも出てくる事が良くある。

それぞれが怒らない様に押し黙る将太と愛美。

相手を思いやり、大事にしたいが故の微妙な距離。

手も繋いでいない。キスもしていない。付き合ってはいない。


友達以上、恋人未満。   健常者なら、、、。

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