第115話 新しい種族

 降りしきる雪の中、俺は村民達と伐採作業を続けている。

 しかし積もった雪が障害となり思うように仕事が進まないんだよなぁ。

 まぁ少しでも先に進めればいいさ。

 より森の奥に村を移動させるだけで今より探索出来る範囲は広がるわけだし。

 

「すげえなぁ。魔の森のここまで奥に住んでるのなんてさ。これって偉業なんじゃないか?」


 と伐採班に所属するエルフのおじさん、グレイは話す。

 魔の森っていうのは大陸の南にあり、木々の成長が早く、さらに大型の獣がいる。

 そして異形という魔物まで住んでいる始末だ。

 かつてこの大陸を支配していた魔族ですら森を開発出来ずにいたそうで。


「ははは、そんなことはないって。たまたま俺の力が開拓に向いてたってだけだ。俺はもっと派手なチートが欲しかったよ」

「何言ってんだ。充分過ぎるほどチートだろうよ。異形が破れない壁なんてよ。あーぁ、あんたがもっと早く来てくれたら王都は健在だったのかもな」


「そう言うなって。グレイは王都の方が住みやすかったか?」

「いや、今の暮らしの方が好きだね。飯も美味いしよ。それに今はもうすぐガキも産まれるしな」


 彼もラベレ村で結婚したのだ。

 しかし役所などもないので口約束で伴侶にするといった程度のもの。

 ちなみに彼の奥さんはコボルトらしい。

 グレイはケモナーであった。


 彼だけではなく異種族で結婚するものは一定数いる。

 もちろんエルフはエルフ同士、ラミアはラミア同士と同種族で結ばれる方が圧倒的に多い。

 だがグレイの話では異種族結婚の割合は彼が生きてきた時代よりずっと多いのだとか。


「そりゃあんたのおかげだよ。あんたが異種族の嫁を娶ったから抵抗が無くなったんじゃねえか? 少なくとも俺はそうだぜ」

「なるほどねぇ。話はここまでにしようか。もう時間みたいだな」


 ――カーン カーン カーン


 村からは三時を知らせる鐘の音が聞こえた。

 これが仕事の終わりを示しているのだ。


「なぁ、たまには飲みに行かねえか?」

「んー、俺はあんまり酒が強くないからな。でも少しだけなら付き合うよ」


 夜には異形の襲撃があるからな。

 村民達もそこは理解しているようでヘベレケになるまでは飲まないようだ。


「あんたは座っててくれ。適当に頼んでくる」

「あぁ。すまんな」


 食堂に到着すると伐採班は荷物を置いてからグレイはカウンターに向かう。

 そこで好きなものを注文するのだ。

 ちなみに金などは必要無い。まぁラベレ村では金銭でのやり取りはまだやってないからな。

 しかしこれ以上村が大きくなるのであれば村民達も自由に商売をしても良いのかもしれない。

 なんてことを考えているとグレイはビールと簡単に摘まめるものを持ってきてくれた。


 俺達はジョッキを交わしビールを一口。

 くぅー、仕事終わりのビールは美味いねぇ。


「ぷはっ。やっぱりビールだよな。女衆はミードルミンゴ酒の方が好きみたいだけどな」

「だな。リディア達もミードルをよく飲んでるよ」


 ラベレ村では三種類の酒が楽しめる。

 甘味の強いミードルミンゴ酒。これは王都でも気軽に飲まれていたものだ。

 そしてビール。よく異世界小説ではエールといった書き方をするが、この世界では地球で飲まれるビールに近いものが飲まれている。

 村民の中に醸造に詳しい者がいてな。ビール製造に成功したのだ。

 他にもミードルを熟成したガルヴァドスなんて酒もある。

 これが一番強い酒だな。美味いのだが度数が高すぎる。

 飲むのであれば翌日に異形の襲撃の心配の無い安息日前だけと俺は決めている。


 それにしても寒い日に飲むビールも美味いな。

 もう一杯飲んでもいいかもしれん。

 ジョッキに残ったビールを飲み干し、お代わりをもらいにカウンターまで行こうとした時。


 ――バタンッ! 


「ちょっ! ちょっと大変だよ! 村長はいるかい!?」


 エルフのおばちゃんが食堂に駆け込んできた。

 この人はラミアのおばちゃんのディースと友達で下ネタが大好きなルージュおばちゃんだ。

 しかしエルフでおばちゃんということはかなりの老齢らしくルージュおばあちゃんといった方がいいのかもしれんけど。


「どうした、そんなに焦って」

「ちょっと来ておくれよ! 魔族が来たんだよ! それも多分お偉いさんだよ!」


 魔族? 南の大陸を支配していた種族だよな?

 聞いた話では王都というのは魔王セタという人が治めていた。

 魔王といってもゲームのラスボスといった感じの悪い人ではなく、魔族の王様だから魔王と呼ばれていただけだ。

 むしろ王都は基本的に平和で様々な種族が仲良く暮らしていたと。

 それなりに問題もあったみたいだけどね。


 それにしてもようやくここで新しい種族がやってきたか。

 これでかつて王都に住んでいた全ての種族が集まったことになる。


「よし、俺も行くよ。いつもの保護施設だよな?」

「あぁ。今はベッドに寝かせてるよ。でもさ、あの人、どこかで見たことがあるんだよね……」


 とルージュおばちゃんは考えていた。

 彼女も多分お偉いさんだと言っていたし、支配階級の人なのかもしれんな。

 それなら公の場に出ることもあっただろうし、おばちゃんが見たことがあっても不思議ではない。


 俺はおばちゃんと一緒に遭難者を一時的に保護する小屋に向かう。

 最大で三十人を収用出来る施設なので、居住区では食堂に続き最も大きい施設の一つとなっている。


 小屋に入ると今日やってきたであろう遭難者が眠っていた。

 

 エルフにラミアといったお馴染みの種族が目につく。


「その魔族ってのは?」

「あそこだよ」


 とルージュは指をさす。

 一番奥のベッドには女性が横になっていた。

 ウェーブのかかった長い黒髪、そして頭にはヤギのような角が二本生えている。

 人間の年齢なら50から60代といったところだろう。

 しかし上品な顔をしている。気品があると言えばいいのか。

 衣服はボロボロだが、上質な布を使っているようだ。

 

「あのさ、魔族ってのは初めて見るんだが、角が生えてるのが特徴なのか?」

「そうだね。他にもこんな足をしてるよ」


 ルージュは魔族の足元に視線を送る。

 おぉ、獣の足だ。ヤギとか羊を連想させる足をしている。

 これが魔族の特徴なのか。


「そうか、なら明日また顔を出すよ。これから魔族の保護者が増えるかもしれないからな」

「あぁ、待ってるよ」


 俺はルージュと別れ自宅に戻る。

 ここに来て新しい種族が現れたか。

 みんなに報告しなくちゃな。


 しかし魔族がラベレ村に来たことで事態が急変することになるとは、この時の俺はまだ気付くはずもなかった。

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