第66話 アメージンググレイス シャニの気持ち

 ――タッタッタッタッ


 シャニはラベレ村を一人走る。

 周りには初めての休日を楽しむ村民達の姿があった。

 この村には今では50人以上が住んでいる。

 その中で友人になったり、恋愛関係に発展する者も多かった。

 シャニはその者達を無視するかのように走る。

 いや、見られなかったのだ。彼女にとってそれは眩しすぎたから。


 走りながら彼女は思う。


(やっぱり私には無理だったんだ。ライト殿は私を受け入れてくれない)


 初めての休日ということで来人は皆のために料理を振る舞うと言ってくれた。

 だがいつの間に4人で料理をすることに。

 シャニは感情を顔には出さないが心から休日を楽しんでいた。


 そこで来人はこんなことを言う。


『みんな仲がいいなって思ってさ。まるで家族みたいだ』


 ――チクッ


 言葉を聞いてシャニの胸に痛みが走る。

 来人とリディア達は恋人同士だ。

 だが自分は違う。ただの同居人でしかないのだ。


 実はシャニは不器用なりに来人に近づこうとしていた。

 しかし物心がつく頃から暗殺者として育てられた彼女にとって来人の気を引くことは至難の業だった。


 持てる能力を使い来人に気付かれることなく近づこうと何度か試みた。

 でもエッチしてるところに忍び込んでも引かれるだけだと思うぞ。


 普通の人生を送ってきてない分、恋愛についてはリディア、アーニャ同様ポンコツなのであった。


 唯一上手くいったのは来人の家に住めるようになったことだろう。

 自分の姿や特殊過ぎる体、これは村にとって不利益になるはず。

 自分の存在自体が無用な混乱を招く可能性があることを来人に説き、自分が来人の家に住むことを了承してもらったのだ。


 リディア、アーニャは意外なことに自分を歓迎してくれた。

 しかも来人に好意を持っていることを見抜かれたばかりではなく、一緒に恋人にならないかとさえ聞いてきたのである。


(リディア姉、アーニャ姉、ごめんなさい。私達は家族にはなれなかった)


 以前来人はシャニと手を繋いでくれた。

 彼女の歌を聞いた帰り道のことだ。

 彼の態度に「もしかしたら自分にもチャンスがあるのかもしれない」と思った。

 人とは違う体なのに。女でありながらまるで男のそれと同じものを持つ奇異な自分の手を握ってくれたのだ。


 他にも来人はシャニの歌を聞いた。

 そして言ってくれたのだ。

 素敵な歌だと。


 実はこの歌はシャニが所属していた部隊で歌われているものだった。

 部隊員が命を落とす度に歌われる歌、すなわち鎮魂歌である。

 旋律は多少違うところがあるが、それは地球のアメージンググレイスと同じものだ。

 来人が想像した通り、古代に転移してきた者が伝えたのだろう。

 それが時を経て王都最強と言われる暗殺部隊の鎮魂歌として歌われるようになった。


 シャニは歌う。かつての部下達を思って。

 彼女達は王都を守るために異形殲滅という危険な任務に向かった。

 生きて帰って来られる保証は無かった。

 自分が生きてここにいることは単に運が良かっただけだ。

 シャニは千人近い仲間を失った。

 信じられるものは部隊だけだった。

 自分の居場所はそこだけだった。


(夢を見ていただけ。私なんかが幸せになるなんてやっぱり無理なんだ)


 シャニは自棄になりつつ、いつの間に仕事場である牧草地にやってきた。

 いつものように櫓に登る。

 ここはあまり村民が来ない場所であり、シャニのお気に入りの場所だった。


(一人の方が楽。もう迷わない。私の居場所はここなんかじゃ……)


 そう思った時、ふいに来人が言った言葉を思い出した。

 自分のおぞましい体をどう思うか聞いた時の言葉だ。


『綺麗だなって思ったよ』


 この言葉を聞いた時にシャニの体に衝撃が走った。 

 どう考えても普通ではない自分を見て来人はそう答えたのだ。

 嘘をついているようには見えなかった。

 だがシャニは彼の真意を確かめるため、こんな質問もしてみた。

 もしリディア達が自分と同じ体だったらどう思うかと。


『んー。難しい質問だね。でもやっぱり俺には関係ないかな。俺が彼女達と付き合ってるのは知ってるみたいだが、別に顔を見て彼女達を好きになったわけじゃないよ』


 シャニは表情には出せなかったが、今までの人生で感じたことのない程の喜びを感じていた。

 自分より強く魅力的な男が。

 こんな醜い自分を見て綺麗だと言い。

 さらにどう考えても受け入れられないであろう醜い体を関係ないと言いはなったのだ。


 シャニは思った。

 もう私を受け入れてくれるのはこの人しかいないのだと。

 

 しかし来人はアーニャの質問に対して、シャニを前にして言ったのだ。


『シャニのことをどう思いますか?』

『どうって……。すまんが答えられない。少し時間をくれないか』


 これが来人の答えだった。

 そしてシャニはいたたまれなくなって来人の家を出ていった。

 

(忘れよう。ここは自分の居場所じゃない。今夜ここを発つ。私が生きるのは血の流れる場所。私が死ぬのは敵の傍ら)


 シャニはラベレ村を出て、かつての仲間の命を奪ったであろう異形を一匹でも多く殺し、そして自分も死ぬ覚悟をした。


 いつの間にかかなり時間が経っていた。

 陽は傾き、空がオレンジ色に染まっていた。

 

 シャニは歌う。

 かつての仲間のために。

 そして異形と刺し違え、命を散らす自分のために。


 ――ラーラー ララララー ラララー ラーラー

 ――ラーラー♪ ラララー♪ ラララー♪


(え? この音は……)


 シャニは気付いた。途中から自分の歌に合わせて誰かが笛を吹いているのを。

 ふと下を見ると……。


「やぁシャニ。せっかくだからさ、一緒に楽しもうよ。歌ってくれないか? 俺だって中々上手いもんだろ?」


 来人がいるではないか。

 シャニは混乱した。

 なぜここに来人が? 

 

 来人は混乱する自分に構うことなく櫓を登ってくる。

 そして夕陽を見つめながら笛を吹き始めた。


 シャニは来人の笛の音に合わせ、歌を歌い始める。


 ――ララー♪ ララララー♪ ララー♪ ラララー♪


 歌と笛の音が止まる。

 そして来人はシャニに向かって……。


「あのさ、実は俺この歌を前から知っててね。シャニは俺が異邦人……転移者だって知ってるだろ」

「はい」


「これは俺の世界の歌なんだ。そしてこんな意味があるんだよ」


 来人はシャニの歌の意味を教えてくれた。



【驚くべき恵みよ。なんと甘美な響きなのだろう。

 私のような悲惨な者を救ってくださった。

 かつては迷ったが今は見つけられた。

 かつては盲目だったが今は見える】



 シャニは理解した。 

 自分が歌っていたのは救いの言葉なのだと。

 

 来人はシャニに向かい合う。

 そしてこんなことを聞いてきた。


「俺もこの歌は好きでね。特に歌詞が好きなんだ。人はどんな苦境に立ったとしてもいつかは救われる。そして見つけられるんだ。自分の目でね。シャニは今何が見える?」


 その問いに対してシャニは思った。

 見えるもの。それは来人だ。

 来人しか見えなかった。

 自分の意思とは裏腹にシャニは来人に近づいていく。


「駄目です。それ以上は」


 近づいているのはシャニの方なのだ。 

 来人はその場から一歩も動いていない。

 シャニは駄目だと分かっていても自分を抑えられなかった。


「本当に駄目。あなたが汚れてしまう」


 シャニは来人の腕に抱かれながら抵抗する。

 上を見上げると来人の顔が近づいて……。


「駄目……。ん……」

「…………」


 二人の唇が重なる。

 シャニはどうやら見つけられたようだ。

 自分にとってのアメージンググレイス驚くべき恵みを。

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