第16話 リディアの気持ち
「よいしょっ……。そろそろ食べられるかな?」
リディアは木に吊るしたウサギ肉を下ろす。
しっかりと血抜きは出来ており、臭みも抜けていると判断した。
彼女は肉を切って木製の鍋に入れる。鍋と言っても四角い箱なのだが。
他にも水とナババの実、食べられる野草なども一緒に。
熱く焼けた石を鍋に入れるとジューッという大きな音を立て、水はすぐに沸騰した。
これは異邦人……他の世界から来た来人という男から学んだ調理法だ。
(うわぁ、久しぶりのお肉だ……。美味しそう)
彼女は聖職者ではあったが、節制は必要無い。
むしろ恵まれない者に施しとして食べさせるためにも狩りは励行されていたのだ。
調理をしながらリディアは思う。
先日リディアと来人は二人で狩りに出掛けた。
そこで出会ってしまったのだ。魔物のように大きな猪を。
野生の猪は危険だ。彼らは雑食のためか肉も食らう。
人もエルフも猪の餌でしかないのだ。
猪は足も速く逃げることは出来ないだろう。
リディアは自分の命を救ってくれた来人を生かすべく、自身が犠牲になることを決意する。
しかし来人は自身が持つ優位無二の能力、【壁】を使い、猪の動きを止めたばかりではなく、槍を猪の頭に突き立てた。
(ライトさん、かっこよかったなぁ)
リディアは来人の勇姿を思い出す。
あの大きさの猪を一人で狩ったのだ。
エルフは優れた狩人ではあるが、あのような狩り方が出来るのは来人一人だけだろう。
リディアは焦っていた。
一度ならず、二度までも来人に命を救われた。
一度目は自我を失っていた自分を森から出してくれただけではなく、冷たくなった体を一晩中抱きしめることで暖めてくれた。
そして二度目は猪から。
なのに自分は来人の役に立っているのかと焦っていたのだ。
(それだけじゃないよね)
リディアは思う。
自分達を夜な夜な襲いにくる異形のことを。
異形とは正体不明の魔物だ。
かつてこの地に王都が栄えていた頃にも異形は存在していた。
だが王都の城壁は高く頑丈で住民の生活を脅かす程ではなかった。
住民は異形を厄介な隣人程度にしか思っていなかったのだ。
しかし彼女が大人になる頃、突如異形の数が増え始める。
城壁が破られ、襲われる人も増えてきたのだ。
異形は人を殺すのではなく、森に連れ去る。
連れ去られた者はリディアのように自我を失うのだ。
当時の学者は異形が何をしたのか調べたが、何も分からなかった。
何も解決策が見つからぬまま、魔王セタは異形達と戦い続けるが……。
リディアが覚えているのは城壁が破られ、異形が王都エテメンアンキを襲う姿だった。
彼女もその時に異形に捕まり、森に連れ去られたのだろう。
そして意識が戻った時は見知らぬ人族の男に抱きしめられていた。
リディアは驚いたが、彼が自分の命を助けるために抱いていることに気付く。
とても暖かく、心地よかった。
(男の人に抱きしめられたのって、お父さん以来だよね……)
そう、リディアは男性と交際したことは無いのだ。
それは自身のコンプレックスが原因である。
この世界のエルフは独自の美醜における価値観を持つ。
リディアはこの世界ではさほど美人ではない。
むしろ醜女として子供の時から苛められていた。
それは彼女が持つ大きな胸が原因だった。
エルフの女性は胸が小さければ小さい程美しいとされる。
彼女の胸はエルフの中では異例の大きさだった。
どうせ結婚出来ないんだから、教会にでも就職しよう。
リディアはこんな想いで聖職者になった。
別に信心深いわけではない。
それに教会に勤める者は食べることについては困らなかった。
国から安定的に給料は出るし、空いた時間で狩りも出来る。
食べることが大好きな彼女にとって聖職者になることは天職だったとも言える。
同族から女として相手にされず、彼女は食べることだけに楽しみを見いだした。
そう、リディアは恋愛に関しては干物女だった。
パッサパサだったのだ。
それがどうだ?
気が付いたと思ったら、男に抱きしめられていた。
しかもめっちゃ彼女のタイプだ。
エルフは総じて若い顔をしている。
他種族から羨ましがられる時もあるが、当人達はそうは思っていない。
皆似たような顔をしており個性が無いのだ。
だからエルフは大人……人間でいうところの中年の顔を好む。
来人はリディアのどストライクゾーンにいたのだ。
幸い来人はリディアのことを嫌ってはいないらしい。
それどころか、自分のために色々と世話を焼いてくれる。
彼女にとって千載一遇のチャンスが舞い降りたのだ。
しかも来人は異邦人。時折異世界から訪れる特殊な力を持った者。
異邦人の中には悪い者もいるらしいが、庶民の間では異邦人が主人公の冒険譚や恋物語が本になって大ヒットしていた。
もちろんリディアも読んでいた。めっちゃはまっていた。
異形に襲われるという吊り橋効果もあり、リディアは来人のことが好きになっている。
恋愛についてはポンコツの彼女だが、自分の気持ちを来人に気付いて欲しくて頑張っているが、中々上手くいかない。
(やっぱり大きな胸が駄目なのかなぁ)
そう思いリディアは憎々しげに自分の胸を掴む。
「いい匂いだね。って、何してんの……」
「ラ、ライトさん!?」
後ろに来人がいた。
咄嗟に胸から手を離すが、ばっちり見られていたようだ。
「で、出来上がったみたいです! た、食べましょう!」
「おぅ……」
強引に話を切り替え食事の時間にすることに。
二人で焚き火を囲みながら、久しぶりの肉に舌鼓を打つ。
「うふふ、美味しいです」
「あぁ、リディアは料理上手なんだな。いいお嫁さんになるぞ」
来人が誉めてくれた。
彼の言葉がスパイスとなり、さらに美味しく食べることが出来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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