一「蒼と赤」
少年の拳が向かい合う女性に向かって突き出される。
その間合いはおよそ六メーター。彼の蒼い光がその間合いを走り、音速で迫るその様を、相対する矮躯の女性は右手に纏った碧く輝く爪で応じるのだった。
「それっ!」
二つの光が間合いの中央でぶつかり合って弾け、強烈なフラッシュとなって訓練室全体を塗りつぶす。それを両者は目を閉じることなく耐えきって、しかし互いの体躯に走る衝撃に後退る。
「っ……く、」
少年の突き出した拳には、いくつもの小さな傷が刻まれている。その傷の痛みに耐えきれなくなり、彼は息をついて構えを解いた。
「痛う……流石にこれ以上は無理だぞ」
「うん。ボクもそう思うよ? もう二時間は続いてたからね」
少年、忌方原理(いみがた・げんり)の声には、少なくない疲れが滲み、応じる女性、陽絵空(ひかりえ・そら)の声には色濃い眠気が含まれていた。
互いに張り詰めていた空気を解いて、白く囲われた無機質な空間の中で向かい合って座りこむ。休憩を入れずに訓練を続けていたのでは、その疲労具合も当然といえば当然なのだが、しかしこの程度の修業はどちらも幼少期から続けていた。
今更止める気もないルーティーンに対して思うことはないのだった。
「で、どうだろう。やっぱり呪術師とは相性は良くないかな、俺」
「そうだね、原理はどこまで行っても異能者だからね。やっぱり得意なものが違うってわかるよ」
それでも学ぶべきところはあるけれどね、と空は笑いながら首を傾げる。まとまりのない緑色の髪がふわふわと揺れていた。眠たげな眼がどういう感情を含んでいるのかは、原理には判別できないけれど、嫌悪めいたものは見えることはなかった。
「うーん。ねむーい」
言いながら、空はその場にころりんと寝転がった。原理はそれに対して自由だなあと思うのだったが、今更指摘することでもないと同じように床に横になる。
全身を巡る痛みで眠ることはできないけれど、疲労は溜まっていたので休息は必要だった。それでも全く動けないわけではない、という体力の多さは昔から驚異的に見られていたけれど。
していると、空が原理に向かってころころと転がってきて、その体躯にぶつかってくる。衝撃は小さくダメージにもならないが、傷には響いた。
「痛いな」
「それをケアするのもボクの役目だからね」
いつの間にか右手に持っている霊符を原理の鳩尾に貼りつける。そこにつん、と指を押しつけると、白い光が原理の全身を包んでいった。
「ふーんふーん」
唄いながら空が原理の腕に巻き付いて落ち着いてしまう。霊符の力で痛みが失せているとはいっても、ここで眠るのは良くないとは思うんだけれど。
そう言っても聞いてはくれないだろうと解っているからこそ、原理は何も言わずに空のフリーダムな言動を放っておいているのだった。
「……あのう」
「ん?」
いつの間にか誰かに声をかけられている。視線を向ければ、原理の所属する部隊の隊員が、恐る恐る話しかけている。
「……うん、今何時だ?」
「二十時を回った頃ですけど」
その情報に飛び起きる。
「やっべ、寝過ごした! ミーティング始まるじゃねえか!」
隣で相変わらず眠りこけている空を叩き起こして、いや、起こそうとして起きなかったけれど、彼女を無理やりに担ぎ上げて訓練室を走って出ていく。硬い床で眠ったせいで身体が軋んでいたけれど、そんなことも気にならないほどに焦っていた。
そうやって出ていった原理と空を見送った少年は、
「……仲いいよなあ、あの二人」
感心したように呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます