第11話 思わぬ強敵に出くわしました

 冒険者登録の際、講習を受けるとともにギルドから『冒険の手引き』という冊子をもらうことができる。

 それには冒険者ギルドの仕組みやルール、その他必要なことが書かれており、そのなかには魔物に関する情報もあった。


「ねぇ、それってそんなにおもしろい?」


 まだ賢人がルーシーとふたりで森を中心に活動していたある日のこと。

 ふたりは早めに活動を切り上げ、カフェで少しのんびり過ごしており、『冒険の手引き』を読む賢人に、ルーシーがそう問いかけた。


「ああ、うん。おもしろいよ」


 賢人が見ていたのは、魔物の情報が記載された箇所だった。

 そこには精巧な絵とともに、魔物の名前や簡単な情報、ちょっとした攻略方法、そして討伐ランクや討伐推奨レベルが記されていた。


 討伐ランクとは、討伐依頼が出た際にそれを受けられる冒険者ランクのことだ。

 そして討伐推奨レベルとは、その名の通り、その魔物を討伐するにあたってそれくらいのレベルになっていたほうがいい、という目安である。


「なぁ、ルーシー」

「なに?」

「オークの討伐推奨レベルが8って、低くないか?」


 この時点で賢人のレベルは7、もうすぐ8になろうかというところだった。

 確かに賢人なら、かろうじてオークを倒せるだろうが、それはあくまで彼の持つ不思議なマスケット銃のおかげだ。


 たとえばルーシー。

 はじめて会ったとき、レベル24だった彼女は、オークを相手に苦戦していた。

 その原因は低すぎる能力値にあったのだが、だからといってレベル8の冒険者よりも弱いとは思えない。


「ああ、それね。推奨レベルって、4人でパーティーを組んでいるのが前提なのよ」

「そうなのか」

「そ。本当は講習で教えてもらうんだけどね。説明が遅れちゃってごめん」

「いや、べつにいいよ、いま知れたから。じゃあたとえば、ソロやデュオだとかなり変わってくる?」

「そうね、トリオで5割増し、デュオで倍、ソロなら3倍って感じかしら。あくまで目安だけどね」


 つまり討伐推奨レベル8のオークを相手にする場合、3人なら12、ふたりなら16、ひとりなら24となるわけだ。


「ま、ちょっと大げさに書いてる部分もあるけどね。ギルドとしては冒険者に、あんまり無茶して欲しくないわけだし」


 レベル24でオーク相手に苦戦したルーシーだが、あの時点で彼女にレベル相応の能力値があれば後れを取ることはなかっただろう。


「なるほどねぇ」


 賢人はルーシーの説明に納得し、頷くと、ふたたび冊子に目を落とした。

 そこには彼がまだ見ぬ魔物の情報が多く書かれており、なんだかゲームの攻略本を読んでいるようだった。


○●○●


「レッドオーガ、だよなぁ」


 いまにも襲いかかってきそうな雰囲気の赤鬼を見ながら、賢人は呟く。

 視線の先にいる魔物は、たしかに以前、『冒険の手引き』で見たレッドオーガだった。


 討伐推奨レベル15のオーガ、その上位種であり、たしか物理に特化していたはずだ。

 その討伐推奨レベルは20。

 ソロで相手をする場合の推奨レベルは60となる。

 そして賢人のレベルだが、バートたちと行ったダンジョン探索のおかげで、帰る直前には目標であるレベル10になっていた。


「6倍かぁ……きっついな」


 賢人は苦笑交じりに呟きながら、咥えたままのミントパイプを吸い、撃鉄を起こした。


「おおおおおおお!」


 それを見越したかのように、レッドオーガが雄叫びを上げながら突進してくる。


 ――バスッ! バスッ! バスッ! バスッ!


 先ほどよりも多くの魔力を込めた銃の引き金を、連続で引く。

 発射された光弾の、最初の1発は胸に命中し、2発目は頬をかすめた。


「うがぁ……!」


 頬の肉を削り取った光弾を危険と判断したのか、レッドオーガは顔の前で腕を交差し、防御の姿勢をとった。

 光弾は腕や胸に命中したが、レッドオーガの強固な筋肉を貫くには至らない。


「があぁっ!」


 腕で顔を防御したまま賢人に肉薄したレッドオーガは、間合いに入ると同時に左腕で顔の半ばを覆ったまま、右拳を振り上げた。

 腕の向こうにある血走った目が、賢人を捉えている。


 ――バシュッ!


 賢人はその目を見据えながら、引き金を引いた。


「あがぁっ!?」


 光弾は右目に命中し、敵が大きく仰け反った。

 しかし相手は崩れた体勢のまま、右拳を振り抜いた。


「ぐぅっ!」


 レッドオーガの大きな拳が、賢人の胴を捉えた。

 その衝撃に、彼は数メートル吹っ飛ばされる。


「くっ……ふぅっ……!」


 賢人は空中でなんとか身を捩り、不格好ながらも着地した。

 着地した後も、つま先と両膝、そして左手を地面につき、這いつくばるような格好でさらに数メートル滑る。


(1発なら、耐えられると思った!)


 心の中でそう叫びながら、態勢を整える。

 加護が健在なら、HPが自分を守ってくれるはずだ。

 そう信じて、賢人は攻撃をかわさず、急所を狙ったのだった。


(でも、倒せなかった……!)


 目を撃ち抜けば倒せるかも知れないと、一縷の望みをかけた1発だった。

 短筒に込めた魔力のすべてを使うつもりで引き金を引き、実際普段以上の威力が出たのを感じ取った。

 だが、足りなかった。

 そしてHPを使い尽くしたのか、地面を滑った際にすりむいた膝や手のひらから、血がにじみ出る。


「おがぁああぁぁっ!」


 野太い悲鳴のような声に顔を上げると、伸ばしていた右腕を切断され、大量に血を流すレッドオーガの姿があった。


「美子さん!?」


 潰れた右目の死角から接近した彼女は、不意を突くかたちで延びきった右腕に刃を振り下ろし、切断したようだった。


「はぁ……はぁ……」


 決死の一撃だったのか、肩で息をしていた美子が、がっくりと膝をつく。


「ぐぉおおあぁぁっ!」


 右腕を押さえて呻いていたレッドオーガが、雄叫びをあげて身体を起こし、怒りに満ちた目を美子に向ける。


「ちっ……!」


 彼女はちらりと賢人を見ると、彼から離れるように駆けだした。


「美子さん!」


 レッドオーガの敵愾心ヘイトは自身の右腕を奪った相手に向いてしまったようで、逃げる美子を追いかけ始める。


「くそっ!」


 態勢を立て直した賢人は、少しよろめきながら自動車の所まで戻る。

 美子は数メートル先でレッドオーガに追いつかれ、敵の攻撃をなんとかいなしていた。

 だが疲労が蓄積しているのは明らかで、このままでは数分ともたないだろう。


「しっかりしろよ、E級冒険者!」


 銃を構え、魔力を込める。

 そのとき、不意に寒気がした。


(このまま、撃てば……)


 もしレッドオーガの敵愾心ヘイトが向けば、そして敵が自分に襲いかかってくれば、どうなるのか。


(HPは、もう、ない)


 レベル10のHPをたった1発で削り取る攻撃である。

 それを生身に喰らえば、ひとたまりもないだろう。


 それはつまり、死ぬ、ということである。


「くぅぁっ……!」


 視線の先で、態勢を崩した美子が転がるように敵の蹴りをかわしていた。


 ――バスッ! バスッ! バスッ!


 考えるより先に、体が動いていた。


 レッドオーガの攻撃を食らえば、美子もただではすまない以上、見捨てるわけにはいかない。


「ぐぉぁっ!?」


 半ば倒れたような格好の美子を踏みつけようとしたレッドオーガの軸足を、数発の光弾が撃ち抜いた。

 赤銅色の巨体がぐらりと揺れ、倒れるには至らないが攻撃をやめさせるのには成功する。


「ふっ……!」


 その隙に美子は態勢を立て直し、少し飛び下がって間合いを取った。


「ぐるぅ……」


 よろめきから立ち直ったレッドオーガは、賢人を一瞥したあとすぐに美子へと向き直った。

 まだ、彼女をターゲットに見据えたままだ。


「おい、こっちを向けよ!」


 それから何度か引き金を引いたが、残り少ない魔力ではそれほどの威力が出ない。


「くそ!」


 賢人は銃をハーフコックポジションに戻し、さらに魔力を込め始める。


「くっ……」


 不意に、目眩がした。


「……MP切れか!?」


 いくら魔力を込めようとしても、それ以上銃に流れ込んでいかない。


「こんなときに……!」


 もう少しレベルを上げていれば、と後悔しても遅い。

 いまの状態で銃を撃っても、大した威力にはならないだろう。

 なにか手はないかと考えを巡らせていた賢人は、視界の端に防災バッグを捉えた。

 バッグの口は短筒を取り出すときに開いたままになっており、そこから茶色い瓶が顔を出している。


「霊妙酒!」


 祖母がもたせてくれたそのアイテムに、一縷の望みをかける。


 賢人は急いで瓶を取り出し、フタを開けると、そのまま瓶の注ぎ口を咥えて霊妙酒を飲んだ。


「んぐ……!」


 苦くもあり甘ったるくもある独特な味が口に広がり、アルコールが喉を焼く。

 そして次の瞬間、身体の奥から力がみなぎってくるのを感じた賢人は、短筒を構え直し、魔力を込めた。


(いける!)


 賢人の手から短筒へ、どんどん魔力が流れ込んでいく。

 ペースなど考えず、全力で魔力を流し込むと、ものの数秒でMPが空になるのを感じるが、それも霊妙酒を一口飲めば、ほとんど回復した。

 賢人はごくごくと霊妙酒を飲みながら、ひたすら銃に魔力を薙がし続けた。


「ぐるぉぁ……?」


 美子を相手に拳を振るい続けていたレッドオーガが、動きを止めた。

 そして、賢人のほうへ目をやる。

 どうやら短筒に込められた強大な魔力を感知したらしく、わずかに顔がひきつっているように見えた。


「うがぁ!」


 レッドオーガは焦ったような声を上げると、ターゲットを賢人に切り替え、駆け寄ってきた。

 賢人は体内に残った魔力のすべてを短筒に流し込み、撃鉄をあげ、狙いを定めた。


「があああっ!」


 叫び声を上げながら駆けるレッドオーガは、左手を顔の前に出していた。

 肘から先がない右腕をあげているので、顔の前で腕を交差したつもりで、頭を守っているのだろう。

 ならばと、賢人は狙いを胸に定め、引き金を引く。


 ――ドシュンッ!


 普段よりも重く、大きな音を響かせた銃口から、特大の光弾が射出される。

 レッドオーガは、賢人が引き金を引く直前、わずかに銃口が下がったのを見たのか、光弾が発射されるのと同時に左手を素早く下げた。

 そして敵は、胸に向かって飛んだ光弾を手のひらで受け止めた。


「うごぉぁああっ!!」


 着弾の瞬間、あたりに閃光が走った。

 賢人はまばゆい光に目を細めたが、視線を逸らすことなく敵を見据えた。


「う……ぐぐぅ……ごぼぁ……!」


 閃光が収まるなか、レッドオーガの口からうめきが漏れ、直後に血があふれ出した。

 光弾を受けた左手は手首から先が消し飛んでおり、それでも受け止めきれなかったのか、胸の肉が大きくえぐれ、胸骨が露わになっている。


 一見して大ダメージを与えたことはわかるが、トドメを刺すには至っていない。

 なにより賢人の見据えるレッドオーガの目からは殺意がにじみ出ており、戦いがまだ終わっていないことは明らかだった。


「くそっ!」


 賢人は追撃をかけるべく霊妙酒に手を伸ばす。


「くっ……!?」


 だが、頭がふらつき、身体が思うように動かない。

 どうやらMPの回復と消費を繰り返しすぎたせいで、なにかしらの状態異常が出ているようだった。


「ごばぁあああぁあぁっ!!!!!」


 両手を失ったレッドオーガは、顔を前に突きだし、口の端から血を吐き出しながら駆け寄ってきた。

 大きく開いた口から覗く牙は鋭く、まれればただでは済まないだろう。


「ぐぅ……!」


 なんとか霊妙酒を飲んで迎撃すべきか、あるいは身を捩ってかわすべきか。

 死の危険が迫り、時間が引き延ばされたような感覚のなか、賢人は妙に冷静だった。

 そんな彼の視界の端に、素早く動くものがあった。


 美子である。


 いつの間にかレッドオーガの右側――敵の死角――に回り込んでいた彼女は、刀を肩に担ぐような格好のまま低い姿勢で駆け寄ってくる。

 賢人をかみ殺すべく前傾姿勢で顔を突き出した敵の、さらに下をくぐるように踏み込むと、美子は担いでいた刀の鯉口に近い部分を、敵の頸部に当てた。


「おおおおおおおおおおお!」


 そして彼女は気合いのこもった叫びを上げながら、身体をひねるようにして五尺刀を振り抜いた。

 およそ150センチメートルの刃が、オーガの皮膚を切り、筋肉を裂き、骨を断つ。


「ぁがっ……!」


 耳障りな雄叫びが途切れ、レッドオーガの首が飛んだ。

 頭部を失ってなお駆けていたレッドオーガだったが、その身体は賢人に触れる直前で、霧のように消え去った。


「賢人くん!」


 慌てたような声をあげて駆け寄ってくる美子の姿を見ながら、賢人は意識を失った。


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