第17話 まずは戦闘を見学します

 現れたゴブリンは5匹。

 うち2匹がショートソードを、1匹が棍棒、1匹は素手で、残る1匹は盾を身に着けていた。

 素手のゴブリン以外は革の胸甲を着込み、盾の個体に至っては革の兜までかぶっている。


「ゴブリンがきれいな装備を身に着けてるのって、変な感じね」

「そうだな」


 草原や森などに現れるゴブリンは大抵裸で、防具と言えばせいぜい獣の皮や植物などを腰に巻く程度のものだ。

 武器にしたところで、冒険者がうち捨てたようなボロボロのものを持っていればいいほうだった。

 それに対してダンジョン内の魔物は、装備を含めて発生するといわれている。

 それぞれに武器や防具を身に着けるだけでなく、それら武具の扱いにもある程度長けているのだ。

 拾った武器を力任せに振り回す外のゴブリンに比べ、拙いながらも武術らしきものを習得しているダンジョン内のゴブリンは、それなりの脅威といえる。

 そのため、ダンジョン探索にはランクによる制限がかけられているのだ。


「グギギ……」


 盾を持ったゴブリンが、中央から少し前にでて構え、腰を落とした。

 他のゴブリンは半歩ほど下がったところで盾のゴブリンの両脇に陣取り、警戒を強めている。

 まずは相手の出方を見よう、といったところか。


「では、失礼いたします」


 小さく呟くと同時に、マリーがゴブリンの群れへと駆け込んでいった。


「速っ!」


 その速度に、ルーシーが思わず声を上げる。

 突進したマリーはそのまま群れに接近し、中央で盾を構えるゴブリンに向けて前蹴りを放った。


「トンファーキックだ!!」


 賢人が、叫ぶ。

 まさか異世界で伝説の技を見られるとは思わなかったのか、彼は珍しく興奮していた。


「いや、ただの前蹴りじゃない」


 ルーシーの言葉に、間違いはない。

 だが両手にトンファーを握っている以上、賢人にとってあれはまごうことなきトンファーキックなのだ。


「ゴゲァッ!?」


 マリーのトンファーキックはちょうど盾に直撃し、受けた個体は数歩よろめいて尻餅をついた。

 それに対して彼女は追撃をせず、手近にいる個体へと攻撃を仕掛けていく。

 今度はトンファーを巧みに操り、次々に攻撃を繰り出していった。

 それらの打撃のいくつかはゴブリンにダメージを与えたが、大半は武器などで防がれる。

 それでもマリーは気にせず攻撃を続けた。


「グギーッ!」


 盾のゴブリンも態勢を立て直し、マリーは5匹のゴブリンに囲まれるかたちとなった。

 すさまじい勢いで反撃をされたが、彼女はそれらを巧みにかわしていく。


「グギャッ……」


 そのとき、マリーに飛びかかろうとした素手のゴブリンが、首を落とした。

 側面から接近したバートのブロードソードが、叩き込まれたのだ。


「マリー!」


 アイリが声を上げると、マリーはすぐさま集団から離れるように跳び退いた。

 それとクロスフェードするように、ゴブリンの群れへ炎の槍が撃ち込まれる。


「グゲ……」

「ギギッ……!」


 マリーに誘導されて縦並びになっていた2匹のゴブリンが、炎の槍に貫かれた。

 ショートソードと、棍棒を持った個体である。

 炎の槍はさらにその奥にいた盾のゴブリンにまで迫った。


「グゲゲッ」


 そのゴブリンはなんとか盾で炎の槍を防いだが、木製のバックラーは黒焦げになり、使い物にならなくなった。

 そこへ、マリーのトンファーが叩き込まれる。


「ギョパッ!?」


 回転の力を得て威力を増したトンファーは、ゴブリンの頭をやすやすと打ち砕いた。

 残る個体も、バートが袈裟懸けに斬り倒していた。


「とまぁ、こんなものかな」


 倒れたゴブリンたちが粒子になって消え去る中、バートは剣を鞘に収めながらそう言い放った。


「ルーシー、どうだった?」


 とてとてと駆け寄ってきたアイリは、ルーシーに抱きついて彼女を見上げながらそう問うた。


「すごいじゃない、アイリ。あたしがいたころより、随分腕をあげたわね」


 そう言われたアイリは相変わらずの無表情だが、目はキラキラと輝いているように見えた。


「マリーさんも、さすがね」

「恐縮です」


 ルーシーの言葉に、マリーは小さく頭を下げた。


「すごいな、本当に」


 賢人は素直に感心しつつ、バートたちの戦いを振り返った。


 まずマリーが突撃し、相手の陣形を崩した。

 その気になれば一撃でゴブリンを倒せる彼女だが、あえて牽制に徹したのは、敵愾心ヘイトを稼ぐためだろう。

 いわゆる回避タンクというのが、戦闘時におけるマリーの役割というわけだ。

 そうして敵の注意がマリーひとりに集中した隙を突いて、バートとアイリが一気に決める。

 そのタイミングも、見事だった。


「おっと、見事にレアドロップばかりだな」


 ゴブリンの死体が消え去ったあとの戦果を見て、バートが呟く。


 ドロップアイテムの内容は、ブロンズダガーがふたつ、革の胸甲がひとつ、革の手甲がひとつ、そして木製のバックラーがひとつ、というものだった。

 それぞれ、ゴブリンが装備していた武器にちなんでいるようだ。

 ブロンズダガーはゴブリンの持っていたショートソードとほぼ同じものだ。

 ゴブリンが持てばショートソードになるが、人の手に入るとダガーサイズとなる。

 対して防具類はゴブリンが身に着けていたものより大きくなっており、人が装備できるサイズだった。


「これも、ルーシーがいてくれたおかげかな」


 ダンジョン内のゴブリンであっても、大抵は骨や皮を落とすのがほとんどで、装備類がドロップされることは滅多にない。

 戦闘には参加しなかったもののレイド内にいることで、ルーシーの【運:S】が作用したのだろう。


「レアドロップって言っても、こんな安物じゃあねぇ」

「いや、そうバカにしたものでもないよ」


 ドロップされた最低ランクの武具に対するルーシーの意見に、バートが反論する。


 ダンジョン街というのは、どうしても物資が不足しがちになる。

 それでもポーションなどの消耗品は割高ながら数は揃っているが、武器防具となるとそうもいかない。

 消耗したり破損したりした武具に対する間に合わせとして、この手のものはそれなりに需要があるのだ。


「たとえばブロンズダガーなんて町じゃせいぜい1000シクルかそこらでしか売れないけど、ここだと安くて倍、うまくすれば5000以上にはなるね」

「へえ、そんなに」


 ただ、これらの価値はあくまでダンジョン街という特殊な環境下におけるものであり、本来の価値が低いことにかわりはない。

 つまり、アイテムボックスのスロットをあまり食わないので、一行はぞれぞれ収納していった。

 また、魔石の大きさも外のゴブリンよりひと回りほど大きく、それらは各自ポーチやバッグに収めていく。


「そういえばマリー、最初の前蹴りだけど」


 ドロップ類を収納し終えたあと、ルーシーがマリーに問いかける。


「あれってただの前蹴りよね?」

「それは、どういうことでしょうか?」

「いえね、ケントがあれを見て〝トンファーキックだ!〟とか言って騒いでたから」

「お、おい、ルーシー……!」


 トンファーキックというのは一時インターネットで流行ったネタであるし、賢人自身もそれはわきまえている。

 なので、たまたまトンファーを持ったまま前蹴りを放ったマリー本人に対して〝あれは伝説のトンファーキックですよね?〟などと言うつもりはなかった。

 ただ自分の中で楽しむだけのつもりだったのだが、まさかルーシーの口から本人に伝わるとは思わず、賢人は焦ってしまう。


「いや、マリーさん、あれは、その……」

「なるほど、さすがケント様。トンファーキックをご存知とは、博識でございますね」

「え?」


 しかしマリーの思わぬ答えに、賢人は戸惑いの声を上げる。


「ちょっと待って、じゃああれはただの前蹴りじゃなくて、ケントの言うとおり特殊な技なの?」

「それはもちろん、そうでございます。なにせトンファーキックなのですから」

「でも、ただトンファーを手に持ったまま前蹴りしただけよね? トンファー関係なくない?」

「いいえ、トンファーとは見た目通りの鈍器ではなく、非常に奥深い武器なのです」


 そこでマリーは腕の内側を前に向け、片腕を軽く掲げた。

 少しバランスの悪いトの字型をしたトンファーの短辺部位を握る手を、強調する様に。


「まずこのグリップを強く握り込むことで、ただ手を遊ばせているのに比べて全身に力を込めることができるのです。それはもちろん、下半身を使った蹴りにも影響します。そしてこのシャフト」


 続けてマリーは掲げた腕を90度内側に回し、前腕の外側を前に向けた。

 トの字の長辺部位であるシャフトは、彼女の前腕より少し長い。


「このシャフトは第2の骨格とでも言うべきもので、これをうまく身体に沿わせることにより、身体の構造を強化することが可能となります」


 そしてマリーは両腕を降ろし、強くグリップを握り込むと、鋭い視線をルーシーに向ける。


「こうしてグリップを強く握り込み、シャフトを前腕に沿わせると、テコの原理で身体を前に押し出すことができるのです。ちょうど、壁にもたれかかったあとの反動を利用するように」

「つまり、ただの前蹴りよりも威力が増すってことね?」

「ええ。それは比べものにならないほどに」

「なるほど……」


 ルーシーは感心したように何度か頷いたあと、賢人を見た。


「すごいじゃない、ケント。よく知ってたわね」

「ああ、いやぁ……」


 マリーの説明を聞いて感心するルーシーと違って、賢人は大いに戸惑っていた。

 というのも、彼にとってのトンファーキックとは〝いやトンファー関係ないですやん!〟というつっこみ待ちのネタだからだ。

 にもかかわらず実際のトンファー使いであるマリーから思わぬ情報を得た賢人は、しばらく混乱したのち、大いに感動した。


「いや、トンファーキックがそこまでのものだとは知らなかったよ。すごいな、マリーさんは」

「ありがとうございます。冗談でそこまで感心していただけるとは、恐縮です」

「は? 冗談?」

「はい、冗談です」


 すまし顔で発せられたマリーの言葉に、賢人とルーシーは目を見開いて顔を見合わせる。


「ちょっと待ってよマリー、冗談って、どういうこと?」

「どういうこと、とおっしゃいましても、冗談は冗談でございます」

「冗談って……さっきの説明は嘘っぱちだっていうわけ?」

「まぁ、端的に言えばそうなりますね」

「なっ……!? じゃあ、どこからどこまでが嘘なの?」

「どこからどこまで……簡単に言うなら、最初の前蹴りはただの前蹴りで、トンファーは見た目通りの鈍器ということでございます」


 そこで賢人とルーシーはがっくりとうなだれ、ふたたび顔を見合わせる。


「あの、マリーさん……どうしてそんな嘘を……?」

「トンファーキックという名前がおかしかったので、少し乗ってみただけでございます。あと、嘘ではなく冗談です」

「いや、冗談って……」


 ――パンッパンッ!


 げんなりとした空気が漂い始めたところで、バートが手を叩いた。


「さぁ、無駄話はそれくらいにして、探索を再開しようか」


 そう宣言したあと、バートは呆れたような表情でマリーを見る。


「まったく。そうやって真顔で冗談を言うのは、マリーの悪いクセだぞ?」

「ですがご主人さま、このお茶目な部分こそがわたくしのチャームポイントでございますので」

「そういうのは自分で言うものではないよ」

「恐縮です」

「別に褒めてるわけじゃ……いや、もういい」


 バートは額を抑えて軽く首を横に振ったあと、いまだ戸惑いの表情を浮かべたままの賢人とルーシーに向き直る。


「ふたりとも、すまなかったね。とりあえず、探索にもどろう」

「え、ええ。そうね」

「ああ」


 バートの言葉に気を取り直したふたりは、探索に集中することにした。

 なお、アイリは無表情のままルーシーに抱きついていた。

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