第16話 ダンジョンに入りました

 セヴォストの宿は1階が食堂兼酒場と大広間が数部屋、2階は大小様々な個室が多数、という作りになっている。

 大広間は10~20名が雑魚寝できるような場所で、ひとりあたり1日1000シクルで利用可能だ。

 2階の個室は2人~10人部屋があり、部屋単位での課金となる。


「とりあえず、6人部屋でいいかな? パーティー単位で分かれるなら2人部屋と4人部屋のふた部屋ということになるけど」


 個室に置かれている寝台はすべて二段ベッドなので、利用人数は偶数となる。

 2人部屋なら5000シクル、4人部屋なら8000シクル、6人部屋なら10000シクルといった具合だ。

 ちなみに8人部屋は存在せず、10人部屋は15000シクルだ。


「なら男女で分かれることを提案する。アイリはルーシーと一緒の部屋がいい」


 バートの問いかけに対してアイリはそう答え、ルーシーにしがみつく。

 抱きつかれたルーシーは、少し困ったような笑みを浮かべた。


「まぁ、別にそれでも構わないけど」


 そう言いながら向けられたバートの視線を受けて、賢人は軽く思案した。

 問題があるわけではないが、バートとふたりで間が持つかは、少し心配だ。


「どうせ探索で疲れて寝るだけなんだから、6人部屋でいいじゃない。このあと打ち合わせもあるんだし、わざわざどっちかの部屋に集まるのも面倒でしょ?」


 賢人が答えを出す前にルーシーがそう言い、他に反対意見も出なかったので6人部屋をとることになった。

 料金はバートが払っておき、あとで今日の稼ぎから差し引くというかたちになった。


「おおっと、これは、なかなか……」


 あてがわれた部屋に入った賢人は、その狭さに思わず声を漏らした。

 二段ベッドが3つ、コの字に配置された室内は、ベッド以外のスペースがほとんどなく、家具は小さなサイドテーブルのみだ。


 各自の寝台を決めたあと、それぞれ下段のベッドに腰掛けてミーティングとなった。

 下段と上段のあいだは背の低いアイリがかろうじて背筋を伸ばせる程度で、ほかのメンバーは少し前屈みになっている。

 アイリとルーシーがひとつのベッドに並んで座り、その正面に賢人が、残るベッドにはバートが腰掛け、マリーはその傍らに立った。


「それじゃ、簡単な作戦をたてるとしよう」


 バートがそう言うと、マリーが手際よくサイドテーブルにダンジョンの簡易マップを拡げる。

 それから、今日の行動計画を話し合った。


○●○●


 宿を出て10分ほど歩いたところに、セヴォストダンジョンの入り口があった。

 それは地面にぽっかりと空いた大穴で、直径が100メートルほどはあるだろうか。

 大穴の周辺は頑丈な石造りの建屋で覆われており、入り口は南東の一方向にしかない。

 これは氾濫直後の暴走を少しでも誘導するためのものだ。

 氾濫によってあふれ出した魔物は、暴走しているからこそ行きやすい方向に進む。

 魔物の行進をうまく誘導できれば、南西に位置するエデの町と、西に位置する別の町とで魔物の群れを挟撃できるのだ。


 ほぼ立方体の建屋の一面がぽっかりと空いており、幅100メートルほどの間口の大半が、木柵で仕切られている。

 その中央に、いくつかの入り口があった。


「加護板を用意しておいてくれたまえ」


 幾人かの受付担当が入場者の加護板を確認しており、一行もその列に並んだ。

 ダンジョンは冒険者で賑わっているようで、入り口周辺だけでも100名以上がいるようだった。


「よし、通っていいぞ」


 加護板を見せ、建屋の内側に入る。


「これがダンジョンの入り口か……」


 地面にぽっかりと空いた大穴を見ながら、賢人は感心したように呟いた。

 穴は地下に向かって延びており、入り口からしばらくは階段が作られていた。


「では、さっそく入るとしようか」


 バートの先導で、一行はセヴォストダンジョンに入った。


○●○●


「話には聞いてたけど、ダンジョンの中って本当に明るいのね」


 階段を降り、ほらあなをしばらく歩いたところで、ルーシーが呟いた。

 入り口から100メートル以上は歩き、すでに空は見えない。

 ダンジョン内の空洞は、大人が数名余裕を持って並べるほど広く、天井もかなり高かった。

 ただ、日の光はまったく入ってこない。

 にもかかわらず、中は結構明るかった。


「ダンジョン内の光源については、いまなお研究が進められているものの、答えは見つかっていないね」


 賢人はふと、足下を見てみた。


(影が、ないな……)


 そのことから、少なくとも光源がひとつではないことは明らかなようだ。


「ま、僕たち冒険者はと割り切って、探索をすればいいんだよ」


 賢人はバートの言葉に心の中で同意し、彼のあとについてダンジョン内を歩いた。


 さらに100メートルほど歩いたところで、バートは左前方を指さす。


「ほら、あれ。あの横穴が3番回廊の入り口だ」


 このセヴォストダンジョンは、いくつもの洞穴が坑道のように延び、複雑に絡み合ってできている。

 それらの道は回廊と呼ばれ、それぞれに番号が振られていた。


『それじゃあ今日は3番から27番に入って、ある程度進んだところで引き返すとしよう』


 それが最終的に決定した今日の行動計画だった。


 まず入り口から延びているのが1番回廊。

 その1番回廊に直接繋がっているものを、手前から2番、3番と名付けていく。

 あとは発見された順に名付けられていくのだが、大抵の場合は入り口手前であるほど番号が若い。


『ねぇ、これってさ、たとえば2番回廊につながってるのを2-1とか2-2って呼んだほうがわかりやすくない?』


 作戦会議の際、ルーシーがそんなことを言った。


『ダンジョンの回廊というのは複雑に絡み合っていてね。たとえばほら、この15番回廊を2-5番とすると、これは紆余曲折を経て5番回廊に繋がってるんだよ』

『あ、なるほど。それだと同じ回廊に2-5と5-何番だかでふたつの名前がついちゃうのか』

『そういうこと』


 ルーシーの疑問に対して、バートは地図をなぞりながらそう説明した。

 賢人も似たような疑問を持っていたので、バートの説明に納得したのだった。


「それにしても、魔物が全然出ないわね」

「ま、1番じゃしょうがないよね」


 1番回廊に魔物が出現しないわけではない。

 しかし多くの冒険者が通るこの回廊では、出現してもすぐに発見され、倒されてしまうのだ。

 前日の夜から当日の午前中にかけてほぼ倒し尽くされるので、昼過ぎのこの時間帯に魔物と出くわす可能性はほとんどない。


 少し急な下り坂になっている1番回廊を200メートルほど進んだところで、3番回廊に繋がる横穴に到着した。


「では、ここからはわたくしが」


 マリーはそう言うと、先頭を切って横穴に入る。

 バートのパーティーでは、彼女が斥候役を担うようだ。

 彼女の両手には、いつのまにか棒状の鈍器が握られていた。


(こっちにもあるんだな、トンファーって)


 マリーの手にした武器を見ながら、賢人は心の中でそう呟いた。


「僕は最後尾に回るよ」


 3番回廊では別の回廊に繋がるいくつかの横穴を通り過ぎる予定だ。

 そうなると、どこかの横穴から現れた魔物に背後から襲われる恐れがある。

 そのため、この中では最も経験の豊富なバートが最後尾を担うのが順当だといえるだろう。


「ここも、魔物がほとんどいないな」


 1番回廊に比べると少し狭い、しかしそれでも充分な広さの空間を歩きながら、賢人が呟く。


「ひと桁台の回廊ではなかなかね。でも、油断は禁物だよ」


 すぐ後ろからそう言われ、賢人は軽く振り向いて頷いた。

 一行の隊列だが、先頭はマリー、そのうしろをルーシーが歩き、彼女とほぼ横並びにアンリがいる。

 そこから数歩遅れて賢人が、そしてそのすぐうしろにバートがいた。


 ――ゲギャッゲギャッ


 回廊内に、不快な音が響く。

 先頭を歩くマリーが、トンファーを握ったままの片腕をあげ、歩みを止めた。

 つられて、他のメンバーも立ち止まる。


 本来彼らが向かうはずの27番回廊入り口より少し手前の横穴から、数匹のゴブリンがぞろぞろと現れた。


「ルーシーとケントは下がってくれ。まずは僕たちの戦い方を見せるとしよう」


 バートは前に出ながらそう言ったので、ルーシーは彼の言葉に従い、賢人の隣に並んだ。

 マリーが少し突出するかたちとなり、そのうしろでバートとアイリが横並びになる。

 陣形が整ったところで、セヴォストダンジョンに入って初の戦闘が始まった。

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