第13話 宿に着きました

 ルーシーの使っている宿はそれなりに大きいところだった。

 3階建ての1階が食堂、2階と3階が客室になっている。


「おかえりルーシー。怪我はないかい?」


 恰幅のいい中年女性が、ルーシーを出迎える。


「特に問題はなかったよ」


 実際はオークに襲われて死にそうだったが。


「晩ごはんでいいかい?」

「いえ、その前に彼の部屋を取りたいんだけど」

「あら、恋人?」

「ばっ――違うわよっ……!」


 チラリと賢人を見て言った女性の言葉に、ルーシーは随分とうろたえた。

 そんなルーシーを軽くからかいながら、女将と思われる女性が手続きを進めていく。


「なに、お金はルーシーが払うの? もしかしてヒモ?」

「だからそんなんじゃないってば!」

「あんた、ルーシーのことだましちゃだめよー」

「やめてよおばさんったら」


 冗談めかして言う女将だったが、賢人を見る目は鋭かった。

 どうやらルーシーは、彼女に好かれているらしい。


「ご心配なく。明日には正式に冒険者登録が終わりますし、立て替えてもらったぶんはすぐに返しますよ」

「あらぁ、随分と物腰が柔らかいのねぇ」


 手続きはすぐに終わり、とりあえず10日間泊まることになった。

 1泊あたり素泊まりで5000シクルだが、10日ぶん先払いで毎朝500シクルの朝食がサービスとなる。

 ただし、朝食をとらない場合の返金はない。


「207号室だよ。くれぐれも3階にはいかないように。見つけたらたたき出すからね」


 各階に十数部屋あり、2階が男性用、3階が女性用フロアになっている。


「先に荷物を置いてきなよ。私も装備なんかを外すからさ」

「了解」


 ルーシーに続いて客室への階段を上る。


「じゃあそっちにいけば客室ね。あたしは上だから」

「わかった。荷物を置いたら下で合流ってことで」

「おっけー。あ、そうだ」


 ふと思い出したようにルーシーは腰のポーチへ手をやり、練りようかんを取り出した。


「これ、返すよ」

「いいよ。ここまで案内してくれたお礼にとっといて」

「でも……」

「いいからいいから。それ、そのままでも年単位で持つから、アイテムボックスに入れなくても大丈夫だよ」

「そういうつもりで言ったじゃないんだけど……」


 それから少し問答を続けたが、結局ルーシーが折れて、彼女はようかんを受け取ることになった。


「じゃ、あとで」

「ええ」


 少し薄暗い廊下を歩き、客室の前に立つ。


「えっと、このカードを当てるんだっけか」


 加護板があればそこに認証情報を追加できるらしいが、あいにく賢人は持っていないので、女将から1枚のカードを受け取っていた。

 それをドアノブの近くにかざすと、カチャリと鍵が開いた。

 最近のビジネスホテルでも時々見かける、ICカード式ロックのようだと思いながら、賢人はドアを開けて部屋に入った。


「広さもビジホだな、こりゃ」


 賢人の言うとおり、客室はビジネスホテルのシングルルーム程度の広さだった。

 ベッドの他には小さなサイドテーブルとキャビネット、狭いクローゼットくらいしかない。

 トイレは各フロア共用。

 風呂はないが浄化施設なるものがあるらしい。


「ふぅ……」


 防災グッズや魔石の入ったリュックサックをサイドテーブルに置いたあと、賢人はベッドに座り、息をついた。


「ジャケットは脱いでおくか」


 ジャケットとネクタイを外し、クローゼットに備え付けられたハンガーに引っかける。


「さて、やっとメシだ」


 宿に入ったときからいい匂いがしていた。

 空腹もそろそろ限界だ。



 1階で合流したルーシーと賢人は、1000シクルの日替わりディナーを注文し、空いた席に座った。

 夕食時と言うこともあってか客席は9割がた埋まっていたが、冒険者ギルドほど騒がしくはなかった。


「お待たせしましたー」


 ウェイトレスの女性が、日替わりディナーの載ったトレイをふたつ、テーブルに置く。

 メインは豚肉のステーキで、小さなパンがふたつ、野菜スープ、赤ワインがセットになっていた。


「なぁ、この豚肉って」

「賢人も今日見たでしょ。オークがドロップするあれよ」

「……つまり、オークの肉ってこと?」


 豚に似ているからといって、人型の魔物の肉を食べるというのに、少し抵抗を感じる。


「バカなこと言わないでよ」


 賢人の質問に、ルーシーはわずかに眉を寄せた。


「豚肉は豚の肉に決まってるじゃない。家畜の豚と一緒よ」

「そうか、家畜の豚と、ね」


 賢人は感心したように呟く。


「とにかく、オークがいくら豚の頭をしてるからって、あれから肉が取れるわけじゃないわ。倒せば消えるの、見たでしょう?」

「たしかに。あれじゃあ肉はとれないな」

「そういうこと。オークが落とすのは豚肉なのよ」


 なんだかよくわからないが、そういうことらしい。


「そんなことより、早く食べましょう。冷めるわよ」「そうだな」


 料理はどれもしっかりと味付けがされて美味しかった。

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