第2話 実家に帰りました

 帰路には鉄道とフェリーを使った。

 新幹線や飛行機を利用すれば半日ほどだが、あえてのんびりと帰ることにした。

 およそ1日かけ、翌日の昼ごろに帰り着いた実家は、随分と様変わりしていた。


「リフォーム……いや、建て替えたんだったか」


 高校を卒業するまでの長い期間を、祖母と姉の3人で暮らした家は、2階建てでかなり広かった。

 しかし、大学進学とともに賢人が実家を出、10年ほど前に姉が隣町に嫁いでからは、祖母だけになっていた。

 週に一度は姉が面倒を見に帰っているらしいが、それでもひとりで暮らすには広すぎる家だったのだろう。

 何年か前に建て替えるという報告を受けていたが、仕事が忙しくて帰省できずにいた。


「ばあちゃんひとりなら充分だろうけど、俺も寝泊まりできるのかな?」


 こぢんまりとした平屋の家を見ながら、賢人はそうつぶやいた。


「ただいま」

「あ、おかえりー」


 真新しい玄関の戸を開けると、ぱたぱたという足音とともに姉が出てきた。


「会社、大変だったみたいね。ニュースになってる」

「あー、うん。でもゆっくりできるいい機会だと思うことにするよ」

「そうね。何年も帰ってこられないほど、忙しかったみたいだし?」

「ごめんごめん」


 少し含みのある姉の言葉に、賢人は思わず謝ってしまう。


「ごはん、食べるでしょ?」

「うん」

「じゃあ、あがってゆっくりしといて。あ、先にばあちゃんに挨拶だね」


 いい匂いが玄関にまで漂っている。

 おそらく、祖母と姉とで料理をしているのだろう。


「ばあちゃんただいまー」

「はいよ、おかえり」


 姉に続いてダイニングキッチンに入ると、祖母が作業をしながら挨拶を返してくれた。

 数年ぶりに見る祖母は以前と変わらずはつらつとしていた。


(……歳、とってんのかな?)


 と思ってしまうほどに、変化がない。

 まぁ、人間ある程度の年齢を超えると、外見にはあまり変化が現れないものだ。

 元気そうで何よりだった。


「奥の部屋、使っていいよ。荷物もそこに運んでるからね。まだ時間かかりそうだから、シャワーでも浴びといで」

「うん、ありがとう」


 祖母に促され、指示された部屋に入った。

 そこには賢人が事前にネット通販で買っておいた寝具や衣類などが積まれているだけで、他にはなにもなかった。

 まるで賢人が使うことを想定して、空き部屋を用意していたかのようだった。


「そのうち俺が帰ってくるって思ってたのかな」


 いつの日か孫が帰ってくると期待して、そのために余分な部屋を用意し、何年も待ってくれていたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。


「孝行なら、これからできるか」


 自分に言い聞かせるようそう呟いた賢人は、荷物の梱包を解いて、新しい生活の準備を始めた。


**********


 荷ほどきが一段落ついてシャワーを浴び終えるころには、食事の準備が終わっていた。


「いただきます」


 素朴な料理ばかりだったが、祖母と姉の手料理はあいかわらず美味しくて、なにより懐かしかった。


「会社が潰れたって聞いたときは心配したけど、元気そうで安心したよ」

「ま、いい機会だと思って、ゆっくり休むことにするよ」

「それがいいね」


 食事を終えたあと、賢人は懐からミントパイプを取り出して吸った。


「あんたそれ、まだ吸ってんの?」

「……なんかクセになってね」


 もう一度パイプを吸ったあと、呆れたように言う姉から目を逸らしたまま賢人は答えた。


「じいさまがタバコみだったからねぇ。賢人はそれに憧れて吸い始めたんだっけ?」

「そういや、そうだったかも」


 いまのいままで忘れていたが、言われてみればタバコをぷかぷかと吸う祖父の姿をはっきりと思い出せた。


 家族3人、数年ぶりの再会だった。

 少しぎこちなくなるかな、と賢人は心配していたが、自然と会話が弾み、気がつけば日が暮れようとしていた。


「さて、そろそろ帰るわね。いつまでも旦那にチビたちを任せるのも悪いし」

「ああ、うん。今日はごちそうさま。ありがとう」

「落ち着いたらウチにも顔出しなよ? あの子たちも会いたがってたから」

「わかったよ」


 甥と姪がどれくらい大きくなっているのかな、と想像すると、少し楽しくなった。


「ばあちゃんも、賢人と一緒にまたきてね」

「はいはい。近いうちに寄らせてもらうよ。じゃあ、気をつけて帰るんだよ」

「ねえちゃん、気をつけて」

「うん。じゃあまたね」

 

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