第69話 vs邪悪

「なんだ?」


違和感に思わず足を止める。

先程までとは明かに違う――彩音から感じる嫌な気配。

皆もそれに気づいたのか、足を止めて険しい表情で彩音へと視線を送る。


突如、右手を上げていた彩音の体から黒い影が飛び出した。

そしてそれは彩音の姿を覆い尽くす。

まるでアイツが闇に飲み込まれていくかの様な光景を、俺は只呆然と眺める事しか出来なかった。


やがて彩音の全てを喰らい尽くした影は大きく膨れ上がり、巨大な黒い人影へと姿を変える。


その姿は――


「彩音……」


彩音と瓜二つの黒い巨人は、俺の絞り出した声に反応するかの様に此方を睨みつける。

そしてその瞳には、明確に敵意――いや、強い殺意が込められていた。


背筋にぞくりと悪寒が走った。

この恐怖、初めてドラゴンと戦った時と同じだ。

無力で何もできず、只立ち尽くす事しか出来なかったあの時と同じ。


だが――

あの時助けてくれた彩音はもういない。


何故なら、目の前に居るその恐怖の対象こそ彩音そのものなのだから。

正確には彩音を取り込んだ邪悪なのだが、どちらでも同じ事だ。


巨人から赤いオーラが立ち昇り、その体を包み込んだ。


そして右手から強烈な青い閃光が……


巨人がゆっくりと右拳を上げ、それに合わせて拳が一層青く光り輝いた。

全てを貫く一撃グングニルで、俺達を纏めて吹き飛ばすつもりなのだろう。


邪悪には、遠くから感じた時程の力は感じない。

だが、それでも俺達にあれを防ぐ事は不可能だ。


最早誰も助けてくれない。

今度こそ本当に俺は死ぬ。

そう覚悟した時、頭の中に大声が響いた。


≪主よ!戦う前から諦めてどうする!!我との約定を違えるつもりか!≫


≪そうですよ。貴方は約束した筈です。世界を救うと大精霊様に≫


確かに約束はした。

だがその約束は彩音ありきだ。

その彩音が負けてしまったのでは……


≪まだ彼女は死んだわけではないでしょう≫


≪主よ!お前も男なら惚れた女を自らの手で救い出して見せろ!≫


失敬な。

だれがあんな脳筋女に惚れるかよ……


だが……そうだな……


此処であいつを助けて大きな貸しを作るのも悪くない。

そうすれば、少しはしおらしくなるかも。


あり得ない想像に思わず苦笑いを漏らす。


≪くるぞ!主!≫


「ブレスで迎え撃つ!」


俺はそう宣言し、大きく息を吸い込んだ。

ブレスの為のエネルギーは既に充填されている。

2竜が俺に声を掛けた時点で、ブレスのチャージは既に始められていたからだ。

霊竜と邪竜は仕事が早くて助かる。


巨人がその拳を此方へと突きつけた。

瞬間、目も眩まんばかりの閃光が俺の視界を覆い隠す。

だが俺はそれには怯まず、自らの体内に荒れ狂う破壊のエネルギーを光へと解き放つ。


黒龍砲ヘルブレス!」


霊龍砲ソウルブレス!」


白と黒の光が複雑に絡み合い、螺旋を描いて閃光へと突き刺さった。

その瞬間、音の無い音。

凄まじい振動が世界を震わせた。


二つの大きな力がぶつかり合い、互いの存在を主張し合うかのように力で進行方向テリトリーを奪い合う。


体がきしみ、大地を踏み締める足が地中へとじりじりとめり込んでいく。

完全に此方が押されていた。

このままでは押し切られてしまう。


≪主!踏ん張れ!!≫


ヘルが自らを鼓舞するかの様に声を張る。

しかし踏ん張れと言われても、すでにいっぱいいっぱいだ。

これ以上の力は籠めようがない。


目がちかちかし、体中が悲鳴を上げる。

もうここ迄か。

そう考えた時、霊竜の穏やかな声が俺の頭の中に響く。


≪主よ。世界を……あの子達の事をお願いしますね≫


こんな状況にも関わらずその声はとても静かに澄み渡り、強い覚悟の色を含んでいた。


≪ヘル。主と世界の事。頼みましたよ≫


≪……分かった。約束しよう≫


俺の体――霊竜と融合している体から急に感覚が失われる。


霊竜にコントロールを奪われた!?

一体何を?


そう思い彼女の方に視線を向ける。

彼女は一瞬微だけ笑むとブレスを止め、そのまま青い閃光へと突っ込んだ。


彼女の体は白く輝く。

白く、白く。

とても美しい輝きに包まれ――



そして閃光となって消滅した。

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