第64話 人形

「これで条件は揃った!!」


思わず興奮して声を上げてしまう。

王墓での見落としの一件、そして邪悪の力が思っていた以上に増していた事。

厳しすぎる状況に私の気分は低迷していた。


だが―――


「これならいける!!」


再び雄叫びを上げる。

もはや感情を抑える事も出来ない。

する気もない。


後は……力を一つに纏め、邪悪を倒すだけだ。


2人は本当に頑張ってくれた。

彼らの努力が、勝利という名のか細い手綱をここまで引き寄せてくれたのだ。

後はそれを全力で引き切るのみ。


「しかしたかしの活躍は予想以上だ。感謝の言葉しかない」


保険的付録でしかなかった彼が、大精霊達の力を集めて彩音君の窮地を救い。

更に単独で厄災を倒すまでに成長してくれた。

嬉しい誤算も良い所だ。


本当に良かった。


彼と――いや、あれと初めて会った日の事を思い出す。


彼女の腕の中にあった小さな人形。

驚くべき事に、その人形には魂が宿っていたのだ。


恐らく、娘への思い。

そして父の遺品とも言える人形へ込められた彼女の思い。

その二つの思いが奇跡を起こし、只の人形であった物に魂が宿ったのだろう。


――異世界人は、このルグラントへは基本的に一人しか呼べない縛りがある。


それは召喚に大量のエネルギーを消費してしまうのもあるが、根本的な理由として、この世界が異世界の生物を受け入れない事にあった。

そう、異世界から来た生物は世界そのものに異物として排除されてしまうのだ。


勿論神である私がそれをさせない様、抑える訳だが。


その影響は大きく、抑えるのは一人がぎりぎり限界だった。

もし2人以上招き入れ、その反発を無理やり抑え込んだ場合、最悪この世界そのものが破綻しかねなかった。


但し厄災と化した者達は例外だ。

辛うじて力と意識を残してはいるが、肉体はもうほぼ魔物と変わりない。

ああなると、世界もそれを異物とは認識しなくなる。

だから複数の厄災と異世界人は、世界を破綻させる事なく同居できていたのだ。


――彼女が手にしていた人形を見た時、私に一つの考えが閃く。


上手く行けば、邪悪との戦いに異世界人2人分を用意できるのではないかと。

何故ならば、異世界人としての力は肉体ではなく魂に宿るからだ。


異界から持ち込まれた魂を宿した人形。

その魂もまた異界の魂。

その魂に力と肉体を与えれば、疑似異世界人を生み出せるのではないかと私は考えた。


勿論上手く行く保証はない。

それ所か、成功する確率の方がはるかに低かっただろう。

しかも制作うみだすには相当なエネルギーが必要となるため、失敗した際のデメリットも大きかった。


だがそれでも私は決行した。


もう後が無かったから――


邪悪の復活予想は、彩音君を呼び出した時点でもう数十年しか残っていなかったのだ。

恐らくもう次の召喚は行えない。

仮に出来てたとしても、タイミング的に育ってもいない異世界人で邪悪と戦う羽目になる。


勿論そんな状態では、勝ち目など無いに等しい。

つまり彩音君こそが最後の希望だった。


――まず私は彼女の魂に、状態異常完全無効を同意も取らずに無理やり捻じ込んだ。


邪悪が復活するのは数十年後、その頃には彩音君の肉体が老いから衰えているのは目に見えている。

そうならない為の状態異常完全耐性だった。

何故なら老いもまた状態異常の一種であり、完全耐性により防ぐ事ができるからだ。


全ては彩音君がベストな状態で戦える様にする為の行為。


こうして私は世界の命運を彼女に賭けたわけだが、それでもやはり不安は拭えなかった。


――だからもう一つの賭けに出たのだ。


疑似異世界人たかしをうみだすという賭けに。


まずは肉体。

ベースとして個を持たないドッペルゲンガーを使用し、人形と完全融合させる。

はっきり言ってこれだけでも至難の業だった。

精霊を無機物である人形と融合させるのだから、簡単なわけがない。

だが、更に厳しかったいのが魂への情報きおくの書き加えだ。


いくら魂が宿っていたとはいえ、所詮それは人形としての物。

生物が生きて行く上で必要な物は当然持ち合わせてはいない

だから情報きおくを書き足す必要があったのだ。


ただ記憶を付け加えるだけ。

それは言葉にすると簡単そうに聞こえるが、魂を弄り回し、破綻させないのは神の力をもってしても困難極まりない作業だった。

だが私は見事にやり遂げる。


そう、私は賭けに勝ったのだ。


その後も精神が破綻しない様嘘偽りの情報で彼をコントロールし、今ここに到り私は確信する。

あの時の決断は間違っていなかったと。


「さあ、邪悪を滅ぼしに行くとしようか」


彼女をもう少し休ませてあげたい気持ちはあるが、ぎりぎりまで粘るとその分私の力が削られてしまう。

体力は私が回復させれば良い。

連戦でメンタル面はきついだろうが、彼女には最後の一踏ん張りをして貰うとしよう。


私は本来の姿に戻り、結界を飛び出した。

背後で結界が音もなく霞のように胡散していくのを感じる。


「まずは彼女の所だ」


蘇る邪悪の鼓動を感じながら、私は彩音君の元へと急いだ。

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