第59話 死を告げるもの

足を止める。

ここから先は魔物の――厄災のテリトリーだ。


明確に線が引かれている訳では無いが、私には分かる。

ここを一歩でも踏み越えれば、厄災は間違いなく私に襲い掛かって来ると。

私は顔を上げ、頂に向かって呟いた。


「父さん……」


ここは帝国と王国の領界線にある、標高3000メートルを超える独立峰。

死の山と呼ばれている場所だ。

かつてこの山は別の名を持ち、風光明媚だった景観を誇っていたと言われている。

だが暗い瘴気に覆われ、禿げあがっただけの今のこの山には、最早その面影は残されてはいない。


始まりは18年前。

帝国と王国、戦時中だった両国の戦場に突如舞い降りた死神。

後に死を告げるものデスゲイザーと名付けられたその厄災は、その戦争を止める。

破壊と殺戮を持って。


その際の被害は軽く20万を超え。

このルグラント史における最恐の厄災と恐れられている。


そしてその厄災がねぐらとして選んだのがこの山だ。

美しかった山は厄災の影響で大きく変容し、その異様と厄災への恐れから、この山をいつしか人々は死の山と呼ぶようになった。


私は頂きを強く見据える。


この先だ。

そこにいる。

死を告げるものデスゲイザー――父が。


これから、私は父を殺す……


いつかこうなる事は覚悟していた。

いや、その為にこの世界へやって来たと言っても過言ではないだろう。

にも拘らず、これから実の親を殺すのだと考えると、手の震えが止まってくれない。

情けない話だ。


「ふ、こんな様ではあいつに笑われてしまうな」


パーンと派手な音が響く。

力いっぱい両頬を叩いて気合を入れた音だ。


父は強い。

心に迷いを抱いていたままでは、到底敵わないだろう。

だから迷いは捨てる。


気持ちを切り替え、覚悟を決めた私は少し後方の地面に手を向ける。


「厄災から手に入れた力。早速試させて貰おう」


手に入れた力。

それは召喚士としての能力。

厄災を倒した事で、奴が神から授けられていた職業クラスの力を私は手に入れている。


そして今から試すのは極大召喚。

後方に手を向けたのは、誤って父のテリトリー内に召喚が踏み込まない様するためだ。


「こうかな?」


心の中で念じると、急斜面に大きな魔法陣が現れ、中から白い竜が姿を現す。

霊竜だ。

彼女はゆっくりと辺りを見回し、そして私を見下ろした。

その気高く美しい姿についつい見惚れてしまう。


「美しいな」


その姿が、一人で私を育ててくれた母と被る。

私の母も気高い人だった。

常に私の規範と成るべく真っすぐに生き、そして私をこの世界へと送り出してくれた。


そんな母と交わした父を救うという約束を、私は今日ここで果たす。


「あなたはたしか……」


霊竜が口を開く。

言葉を解するとリンから聞いてはいたが、どうやら本当だった様だ。


「以前は私を助けるために、たかしが無茶をさせてしまった様だな。すまなかった。だがそのお陰で私は生き延びる事ができた。ありがとう」


謝罪と礼を伝え、頭を下げる。

私の素直な気持ちだ。


「貸しは熨斗のしを付けて主から返して貰っています。気にしなくてもいいのですよ。っと、今は貴方が主でしたね。彩音さん」


彼女に対して名乗った覚えはないが、どうやら他の仲間が読んだ名を記憶している様だ。

ならば名乗りは不要かとも思ったが、これから無茶を聞いてもらう相手だ。

きちんと礼節は通すべきだろう。


「私の名は彩堂彩音。無茶を頼む事になるが、どうか貴方の力をお借りしたい」


「世界に関わる事ですね」


「ああ、この先に厄災がいる。世界の為にも、今夜中に倒さなければならない」


父の言葉が事実なら、邪悪は夜明け前には蘇りかねないらしい。


ならば最早猶予はない。

急がなければ。

勿論これは魔物と化した父の言葉を鵜呑みにするのならば、の話ではあるが。


だがあの時の――夢の中で聞いた父の声に嘘偽りは感じなかった。

だから私は父を信じここまでやって来たのだ。


呼び出した霊竜にブーストを掛け。

私は霊竜を覚醒させる。


「この力は!?何故あなたが?」


霊竜が驚いた様に声を上げる。

其れもその筈。

これはたかしがルグラントの外で、大精霊とやらから手に入れた力だ。

それと同じ力を私が持っていれば驚きもするだろう。


「あいつから分けて貰った」


あの時。

帝国で戦った厄災を倒す為に行なった、私とあいつの融合。

その際、あいつが得た力が私の中にも分け与えられている。


――だから戦える。


もしこの力を手に入れていなければ、現段階で父に勝つ事など夢のまた夢だったろう。

たかしには感謝してもしきれない。


「では行くぞ」


私は自身のうちに眠る力を引き出し、自分自身を覚醒させ。

そして霊竜と融合した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る