第11話 撤退

闇夜を切り裂き、白と黒の二筋の流星が夜空に美しい光りの軌跡を描く。


先行する白き輝きは霊竜アースガルズ。

その後を、黒く鈍い輝きを放つ邪竜ヘルが追う。


この2体の巨竜の戦いはすでに数刻にも及び、情勢は邪竜に大きく傾いていた。

当初こそ互角の勝負を演じて見せていた霊竜ではあったが、次第に旗色が悪くなり、もはや防戦一方となっている。


霊竜の体を黒い雷がかすめた。

咄嗟に体を空中で捻り回避したため、ダメージは無い。

だが反撃する余裕などはなく、このまま行けば遠からず勝敗は決するかのように思われた。


ここまでは、一応作戦通りだ。


最初は無理をしてでも正面きって戦いやる気を見せ、ある程度相手をしたら逃げ回って体力を消耗させる。

そして相手が疲労してきた所で俺の召喚で霊竜を全快させ、一気に勝負を仕掛けるという作戦だ。


――かつて霊竜は邪竜に勝利している。


だがそれは霊竜の子供達の多大な犠牲の元得られた勝利であり、単体で比較した場合その能力差は大きく、今の霊竜側の戦力では正面切って倒すのはまず不可能だった。


だからこそ霊竜は俺に助力を求めたわけだが、残念ながら仮契約サモンフレンドによる強化や回復魔法の影響を考慮しても、その差を埋めきるには到らない。

その為、唯一勝機が見込める消耗作戦を仕掛けているという訳だ。


後は相手がへとへとになるまで、このまま追いかけっこを続けるだけだが……


相手をへばらせようと思うと、このまま後数時間は逃げ回る必要があるだろう。

その前に相手に捕まったり、ブレスの直撃を喰らえば此方の負けだ。


「お母様大丈夫?」


俺の周りに集まっている4体の中で、もっとも体の小さな一体が、俺の顔を覗き込みながら心配そうに聞いてくる。

余程母親が心配なのだろう。

同じ質問が頻繁に繰り返され、その度に俺は同じ答えを返す。


「大丈夫だ。安心しろ」

「本当に?」

「ああ、嘘は言わない」


勿論嘘だ。

正直、どう転ぶか分からない。

霊竜にも、万一の場合は周りにいる4匹の子供を連れて逃げてくれと頼まれていた。


瞬間移動系の魔法で、巨体の竜を同時に運べるのは4匹が限界だ。

その為、4匹以外は先に別の場所に避難させている。


全員避難させていないのは、MP確保の為だった。

霊竜の子供達はMP回復速度を上げる能力を有しており、その能力が無ければ俺のMPはとっくに枯渇していた事だろう。


――遠くから支援できれば理想だったんだがな。


そうすれば退避分のMPも回復などに回せたのだが。

残念な事に余り離れると霊竜との繋がりが切れてしまう為、俺は巣に留まり支援する他なかった。


「痛ぅっ」


痛みで左足を押さえ、顔を歪める。

邪竜のブレスが霊竜の後ろ脚に直撃した影響だ。


「どうしたの!?お母様に何かあったの!?」

「まさか!?」

「大丈夫だ。どうってことはない」


俺は平気そうな素振りで、狼狽えるドラゴン達に返事する。

正直、ここでギャーギャー騒がれてはかなわない。


しかし……俺が感じるのは霊竜の1割程度だ。


それでこの痛みとなると

恐らく左足は失われているだろう。

回復魔法をかけながらそう判断する。


こいつは不味いぞ。


今ので霊竜の動きが大分悪くなってる。

しかもMPの残量的に、左足を完全に回復させるのは難しい。

霊竜召喚の最低MPは残しておかなければ勝ちの目すらなくなってしまう為、もはやこれ以上回復には回せなかった。


≪主よ。今から特攻をかけます≫


な!?


≪この足では回避し続けるのは困難です。ならば突っ込んで相手に少しでも多くのダメージを与えますから。私の命が尽きる限界ぎりぎりで召喚を頼みます≫


うん、無理!

たった1割の感覚で、そんなぎりぎりを見極める事など出来るわけがない。

仮にできたとして、後ろ足を失ったままの状態で与えられるダメージなどたかが知れている。


≪ギリギリとか絶対無理だ。撤退するぞ≫

≪逃げても邪竜は私が生きている限り、何処までも執念深く追ってきます。アレには私の位置が何処にいても分かりますから。何より、1度召喚がばれてしまえば次からは警戒されてしまいます≫


確かに、召喚による回復がバレれば消耗作戦は2度と通じなくなる。

そうなれば此方の勝ちの目は無くなるだろう。

とは言え、今ここで特攻してもそれは同じ事。


≪邪竜が追いかけてくるならどこまでも逃げ回れ。その間に、俺が倒す方法を見つけるから≫


召喚による回復を警戒してくれるなら、それほど無茶な追跡はしてこないはず。

早々簡単に捕まる事は無いだろう。


≪本気ですか?≫

≪大真面目だ≫


俺は厄災を倒す力を手に入れる為、外の世界へとやってきた。

だから力を手に入れたら、それで邪竜を倒してみせる。

力試しには持って来いの相手だしな。


≪分かりました。このまま逃げ回りますので、安全圏に退避出来たら私を召喚してください≫


「お前ら集まれ。目印転移トークンテレポートで移動するぞ」

「お母様は?」

「安心しろ、移動したらすぐに召喚する」


俺は転移を発動させ、その場から退避した。

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