第3話 世の中金

「はぁ……」


無一文。

その圧倒的絶望感の漂う状況に溜息しか出ない。


無ければ稼げばいい。

魔物さえ狩れれば、魔石を換金できるはず。

そんな甘い考えは、先程の戦闘で完全に否定される事となる。


先程襲って来たケルベロスという三つ首の魔物5匹。

これらを討伐したにもかかわらず、魔物達は魔石に変わらなかったのだ。


魔物が魔石を落とさない。


この事実は俺を震撼させる。

何せ生活設計の根本が覆されてしまったのだから。


「不味いなぁ……」


頭の痛い状況に、思わず呟きが漏れる。


自分はまだいい。一日二日食事抜き野宿でも。

問題は同行している少女だ。

彼女にそんな真似をさせるわけには行かなかった。


サキュバス辺りを使うか……


悪い考えが頭をよぎった。

サキュバスやインキュバスには異性を魅了して自由にコントロールするスキルがある。

これを悪用すれば、金などどうにでもなるだろう。


いかんいかん!

何を考えてるんだ俺は!


かぶりを振り、悪い考えを頭から追い出す。

自分は正義の味方では決してない。

だが、やって良い事と悪い事を判断して行動する程度の倫理観はちゃんと持ち合わせているつもりだ。


第一、金のために悪事に手を染めればリンを悲しませてしまう事になる


なにより!


万一後でリンの口から彩音に伝わったら、どんな折檻されるか分かったものでは無い!


彩音が指をぽきぽき鳴らしながら、嬉しそうに尻をだせと言ってきそうなシーンが頭に浮かぶ。

俺は思わずぶるっと体を震わせ、両手で尻を押さえた。


はぁ……なんで外の世界に来てまで彩音に怯えにゃならんのだ。

情けない事この上なしである。


「たかしさーん!」


リンが大声を張り上げながら、矢のような速度で此方に突っ込んできた。

まさかぶつからないだろうなと思わず身構えてしまうが、流石にそこまであほの子ではなかった様だ。

踵で土煙を上げなが、らブレーキをかけ俺の前で止まる。


「リン。土煙が酷いから、もうちょっとまともな止まり方してくれ」

「たかしさん!それどころじゃないんです!男の子が今にも死にそうで!とにかく来てください」

「ええ!?」


慌てた様子のリンは言葉を言い終わると同時に俺の腕を強く引き、そのまま肩に担ぐ。


「え!?ちょ!?」

「暴れないでください!」


急に担がれて思わず手足をバタつかせていた俺に、リンが一喝する。


「はい……」

「行きますよ!」


そう言うと、リンはさっき走ってきた道を凄い勢いで引き返した。




「いや、ほんとに助かりました。あなた方が居合わせてくれなかったら、息子はどうなっていた事か」

「本当にありがとうございます」


助けた少年の父親、ジェームズ・フーコンとその妻バーバラは深々と頭を下げる。


「そんな、気にしないでください!あたし達は人として当然の事をしたまでですから!ね!たかしさん!」

「ああ、こっちとしては謝礼さえいただければ問題ないですから」

「え!?あの?たかしさん?」


リンが驚いた様な表情で此方へ問いかける。


俺だって本当はこんな事、口にしたくはない。

だが背に腹は変えられない。

生きるという事は無常なのだ。


まあ、裕福そうな家だしいいだろう。


「も、もちろん息子の命を救っていただいたのですから、ちゃんと御用意させていただきます。ね、あなた」

「ああ、勿論だとも」


相手もまさか、ドストレートに謝礼を求められるとは思っていなかっだろう。

少々面食らった顔をしていたが、直ぐに笑顔に戻り謝礼の件を快く受け入れてくれた。


がっつり弾んでくれよ!


流石にこちらは口に出さないが。


「ところで、お二人は何処からいらしたんですか?」


ジェームズが答えにくい質問をズバッと聞いてくる。

まあ、普通は別に答えにくい質問でも何でもないんだが。


壁の向こう側。

ルグラントから来たと答える訳にはいかないため、事前に用意していた回答を口にする。


「ルグラントです!」


――より早く、何も考えていないリンが先に答えてしまった。


こんがきゃあ!

勝手に答えんな!


憎々しげに睨めつけるも、此方の様子には気づく事無くリンはニコニコしている。


まあ可愛いから許そう。

可愛いって得だなぁ。

と、リンを見てつくづく痛感させられる。


やらかしたのが自分で、この場に彩音がいたら間違いなくぶん殴られていた事だろう。


「ルグラント!?あの封印の地からやってこられたというのですか?」


驚いた様に声を上げるジェームズの問いに、俺は冷静に対応する。


「あ、この子バカなんで気にしないでください」

「ええ!!たかしさん酷いです!!」

「リン。悪いけどちょっと黙ってて」


リンが唾を飛ばしながら大声で抗議してくるが黙らせる。

これ以上彼女のの失言を許すわけには行かない。


横でリンが不服そうに小声で「私馬鹿じゃないもん」と呟いていたが。


安心しろ。

お前は立派なあほの子だ。


俺はふくれっ面のリンを無視して話を続けた。


「俺達、実はギャレルンから来たんですよ」


神様から事前に、この辺りにはギャレルンとサンロイスという街がある事は聞いている。

ここがサンロイスの街であったため、もう一方のギャレルンから来たと答えたのだ。


「あ、あの……」


フーコン夫婦が訝しんだ様な顔をしつつ、言い淀む。


やっべー、ひょっとして名前間違ったか?


「あの?どうかしましたか?」


俺は冷静を装いつつ聞いてみた。

こういう時は何食わぬ顔で押し通すのが一番だ。


「いやあの。ギャレルンは30年程前に無くなってしまってるんですけれど……」


成程成程、無くなってますかそうですか。




――神様死ね!

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