第78話 喪失

目の前にはエリアボス。

周りにはレベル100を超える魔物達。

しかも前衛と後衛は完全に分断されている。


――全滅。


そんな不吉な思いが脳裏をよぎる。


笑ってやがる……


目の前のキングが口の端を吊り上げ、此方を見下したかの様な目で俺を見下ろす。

キングだけではない。

周りに現れたゴブリン全てが、にやついた顔で俺達を見ていた。


見事に罠にかかった間抜け共は、さぞや滑稽に映っている事だろう。


幸いな事に相手は焦る俺達を見て楽しむ腹積もりらしく、直ぐには仕掛けて来なかった。


この隙に何か手を考えなければ……


呼び出しパーティーコールで彩音を呼び出す?

彩音ならばこの程度の敵、鼻歌でも歌いながら蹴散らしてくれるだろう。


だが――駄目だ詠唱が長すぎる。


いくら圧倒的優位な状況だとしても、目の前で長々と詠唱を始めたら確実に潰しに来るに決まっている。

相手もそこまで優しくはないだろう。


なら――例の切り札を使う?


目の前で召喚すれば、これも絶対に潰される。

だが、影から影を高速移動できる影移動シャドウテレポート――指輪の効果でリンから付与されている――で囲みの外へ逃れれば……


外周に居るゴブリンの陰に移動するのに5秒。

走って追ってくるゴブリンを、ある程度引き剥がすのに10秒。

送還と召喚、そしてドッペルゲンガーに指示を与え、再び影移動シャドウテレポートで元の場所へ移動するのに20秒。


その間約30秒と少し。


フラム達の方はニカが懸念材料ではあるが、3人ならばきっと上手く持ち堪えてくれるはず。


問題はレインだ。


ガートゥ送還から20秒程、一人で戦う事になる。

それもキングを含めてだ。

助かる見込みは少ない。


「……」


他の案も考える。

だがいくら考えても、他の手段が思い浮かばない。


……このままいけば、全員死ぬ


迷いや葛藤はある。

だが――俺は周りを刺激しない様、小声でレインに話しかけた。


我ながら糞としか思えない頼みを彼にする為に。


「なあレイン。お前の命をくれないか?」

「策が有るのか?ならばすぐに実行しろ」

「多分お前は……」

「ふ、気にするな」


俺はレインに死ねと言ってるのだ。

なのに彼は迷う事なく、俺に応えてくれる。


「時間稼ぎを、頼む……」


すまない……


心の中で謝罪する。

口に出す事は、彼の覚悟を侮辱する様に感じたからだ。



たかしの体が影へと沈み込んで行く。


流石にそれを見逃す気はない様で、キングが雄叫びを上げながらたかしに斬りつけた。

だがその切っ先が彼に触れるよりも早く、その全身が影に潜り込む。


……後は頼んだぞ、たかし。


恐らく俺は助からないだろう。

剣の道を選んだ時から、死は覚悟していた事だ。

思い残す事があるとすれば、彼女に自分の気持ちを告げられなかった事だけ。


まあいいさ。

パーマソーが助かるなら、それでいい。

それだけで十分だ。


その為に俺は剣を振るおう!


覚悟と共に剣を強く握りこむ。

たかしを見失ったキングが怒りの咆哮を上げる。

それが合図となり、周りを取り囲んでいたゴブリン達が動き出した。


ゴブリン三匹が俺を取り囲み、手にした斧で襲い掛かってくる。

俺は円を描く様に体を旋回させ、手にした剣で敵の斧を全て弾き返し、体勢を崩したゴブリン一体の首を刎ね飛ばす。


その際、視界の隅に大型のゴブリンに弾き飛ばされるガートゥが映った。

そう言えば奴との決着もまだだったな。

決着はいずれ地獄で付けるとしよう。


「はぁ!!」


俺は裂帛の気合と共に目の前の敵に斬りかかる。

己の全てを賭けて。




「くそが!」


俺を追って来た最後の一匹を斬り捨てる。


走って引き離すつもりだったが、ゴブリン達は考える以上に俊足だった。

その為引き離すのを諦め、俺は追って来た奴らをすべて処理する羽目に。


くそ!もう30秒は軽くたってる!


俺は急ぎ、ウォーリアを送還しドッペルゲンガーを召喚する。


呼び出したドッペルゲンガーに変身を指示し、次いでガートゥを送還…………できない。

それは彼の死を意味していた。


すまん。

ガートゥ。


ドッペルゲンガーを2体追加で召喚し、変身を指示する。

俺はドッペルゲンガーの変身を見届けると同時に、 影移動シャドウテレポートで影へと潜り込み、レインの元へと急いで戻った。


ほんの僅かな可能性に賭けて。



目の前のゴブリンの腕を切り裂く。

腕を裂かれたゴブリンは痛みで下がった。

だがすぐに、別のゴブリンがその穴を埋める様に前に出てきてしまう。


きりが無い。


襲い掛かってくるゴブリンを捌きながら、ちらりと視界の端で三人の様子を確認する。

パーさんもフラムさんもきつそうだ。

特にウォーリアさんはもうボロボロ。


パーさんは棒で、フラムさんは何処からか取り出した鞭で応戦していた。

ニカちゃんには、隠遁ステルス――パーさんのマントの効果――で身を隠して安全な所へと非難して貰っている。


四人で背中を庇いあって凌いでいるけど。

多分長くはもたない。


!?

突然ウォーリアさんが消えた。


ウォーリアさんが消えて出来たきた穴に敵が押し寄せてくる。

きっと私達を分断して殺すつもりなんだ。


不味い……不味いよこのままじゃ。

たかしさん、助けて……


救いを切に求めながらも、私は必死に目の前の敵を蹴り飛ばし、空いた穴をカバーすべく動く。


「うっ……」


鋭い痛みが腕に走る。

無理をして目の前の相手を捌いたせいで、敵の斧が腕をかすめてしまった様だ。


一瞬顔を顰めるが、堪えて目の前の敵を爪で薙いだ。

だが痛みのせいで動きが鈍り、爪は空を切ってしまう。

その隙を狙って、大きなゴブリンが私目掛けて斧を振り下ろす。


「くっ……」


咄嗟に爪でガードしたけど、吹き飛ばされて尻もちをついてしまう。

そこに容赦なく、頭上から斧が振り下ろされた。


ガギンッ!


今度も爪を使って両手で何とかガードする。

だけど体勢が悪いのと、腕の怪我のせいで相手を弾き返せない。


「リンちゃん危ない!」


声を聴いて、目の前のゴブリンに集中していた視線を横にずらす。

そこには私めがけて斧を振りかぶるもう一体のゴブリンの姿が。


不味い!躱せない!


これを受けたら終わる。

そう覚悟した時、急に体から力が溢れ出した。


この感じ、あの時の……


私は痛みを堪え、ありったけの力をでゴブリンを撥ね退けた。

自由になった体を捻り、首めがけて振り下ろされた斧を紙一重で躱しながら起き上がる。


体が軽い!


目の前のゴブリンに突っ込む。

相手が斧を横凪するが身を低くして躱し、私は相手の胸に腕を突き刺した。


肉を貫く嫌な感触と、腕に滴る体液の不快感。


私はそれを我慢して、そのままの形で相手を投げ飛ばす。

そのゴブリンは他の敵を巻き込み、盛大に吹っ飛んだ後消滅した。


次!


そう思ったとき、体に更なる力が湧き上がって来た。

私は体中から湧き上がってくる力をセーブする事なく、目につくすべての敵を八つ裂きにする。




影から飛び出す。


そこにはゴブリンに足蹴にされる、血まみれのレインが姿があった。

頭に血が上り、遺体を足蹴にしていたゴブリンの首を刎ねる。


更に怒りに任せて剣を振るう。

その度にゴブリン達の首が刎ね飛んだ。


十匹程刎ね飛ばした所で、上段から急に大剣が降って来た。

キングによる背後からの奇襲だ。

俺はそれを軽く跳ねのける。


「待ってろ。てめーは最後だ」


剣を弾き返された事で体勢を崩したキングの足を切り裂いた。

キングがその痛みで膝をつく。

直ぐにでも殺してやりたい所だが、奴は後回しにする。


ニカの母親の遺品を回収しなければならないから。


召喚は消滅する際、身に着けている物を巻き込む。

だから、すべてが終わってから石を回収する必要があった。


「そこで自分の番が周って来るのを怯えて待ってろ」


俺は再びゴブリン達の首を刎ねる作業へと戻る。

そこからゴブリン達を殲滅するのには、5分とかからなかった。



この日、俺は仲間を二人失った。

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