第74話 ゴブリンヒーロー
「いや、どんな魔物って言われても。糞弱いとしか答え要がないんだが」
「弱い?ゴブリンって魔物は弱いのかい?」
パーが訝し気な顔で聞き返してくる。
だが冗談抜きで、そうとしか答えようがない。
この世界に来た当初は、その余りの弱さに絶望の淵に叩き落された。
それぐらい弱い存在だ。
「ふむ、まあここまでの階層に現れた魔物たちも、大した強さでは無かったからな。そのゴブリンとやらも、俺達の敵ではないという事か」
まあ、そう受け取るよな。
普通。
「成程。相対的な評価って訳かい」
パーがレインの言葉を受け納得するが、勿論違う。
「いやまあなんて言うか。本気で弱いんだよ。ゴブリン」
「ゴブリンって。ドラゴンと戦っていた時にたかしさんが召喚していた、あの小さな魔物ですよね?」
「ああ」
「へぇ。君、ゴブリンを召喚できるのかい?だったらとりあえず呼んで見せてよ。百聞は一見に如かずって言うしね」
もっともな意見だ。
確かに見てもらった方が早いだろう。
納得したので、とりあえずゴブリンを召喚してみる。
ん?あれ?
地面に描かれた召喚陣を見て、違和感が生じる。
心なしか陣が大きい気がする。
呼び出すのが久しぶりである為、勘違いかとも思えた。
だが、その違和感は決して勘違いではなかった。
「でけぇ……」
ゴブリンを見上げながら、思わず呟く。
え?なにこれ?
俺の知るゴブリンは身長1メートルちょっとで、棍棒と腰蓑を身に着けた粗末なモンスターだ。
だが、今俺の目の前に現れたゴブリンは身長が優に2メートルを超えており、以前まで召喚していた物とは明かに別物だった。
その肉体は屈強その物。
分厚い胸板。
樹の幹の様に太い腕。
その手には人の身の丈程もある片刃の大剣が握られており、それは抜身のまま肩に担がれている。
以前のゴブリンと共通点があるとしたら、肌が緑色なのと、衣類が変わらず腰蓑という点だけだ。
「へぇ。立派な魔物だねぇ。僕にはこのゴブリンが弱いとは、到底思えないんだけど?」
「いや、以前はこんなんじゃなかったんだ」
「そうですね。以前呼び出していたゴブリンさんは、人間の子供位の大きさだったような気がします」
明かにデカくてごつい。
以前のものと比べると、大人と子供、もしくはそれ以上の差がある。
こいつほんとにゴブリンか?
余りの容貌の差に、当然の疑問が頭に浮かぶ。
今目の前にいる巨体を見て、以前までのゴブリンと同じだと考える方が無理だろう。
「面白い。たかし、こいつと勝負させろ」
ゴブリンを繁々と眺めていると、レインが馬鹿な事を言って来た。
「なんで俺の召喚と、お前が戦う必要があるんだよ?」
「知れた事。それはこいつが強いからだ」
どうやらレインは、目の前に現れたゴブリンを強敵と判断したようだ。
その顔には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「主よ。俺はこの男と戦えばいいのか?」
「いいわけないだろ!」
そんな許可を出す訳がない。
レインの気持ちは分からなくもないが、今はダンジョン探索中だ。
無駄に体力を消耗する行為を認めるわけには行かない。
ん?あれ?
気のせいだろうか?
今ゴブリンが……
「おや、この魔物は人語を習得してるのかい?珍しい魔物もいたもんだ」
だよね!
喋ったよね、こいつ!
「お前、喋れるのか?」
「人語は習得済みだ」
習得済み?
一体どこでどうやって?
色々と疑問はあるが、とにかく今一番知りたい事を聞いてみる。
「ていうか。お前、ゴブリンなんだよな?」
「俺はバヌ族の勇者ガートゥだ」
バヌ族ってなんだよ……
ゴブリンかどうか聞いてるのに、変な部族名で答えんな。
どうやら人語を解してはいても、おつむの出来はそこまで良くはないらしい。
なんだか根掘り葉掘り説明しながら聞くのもめんどくさくなったので、
ガートゥ
【種族:ゴブリン・クラス:勇者】
バヌ族の勇者。人語を解し、高い戦闘能力をもつバヌ族きっての猛者。
レベル120【+34】
まじか!?
レベルが補正込みで154もあるじゃねぇか。
「それで?俺は何と戦えばいいんだ?」
「俺と戦え」
レインがまだ諦めていないのか、しつこくゴブリンに勝負を申し込む。
レインに諦めろと告げるより早く、ゴブリンは肩に掛けてあった大剣を、大きく踏み込みながらレインめがけて振り降ろした。
だがレインはその一撃を、右足を下げ軽く体をひねって躱す。
叩き潰すはずだった目標を失った大剣は、轟音と共に地面を抉りとった。
一瞬何が起こったのか分からずあっけにとられていると、今度はレインがお返しと言わんばかりに腰の剣を抜き放ち、相手の無防備な喉元を斬りつける。
だが斬撃が首を切り裂くよりも早く、ゴブリンは大剣から手を放し、後方へと飛んだ。
大剣を手にしたままでは躱しきれないと判断しての行動だろう。
「いい判断だ。だが武器を失っては貴様に勝機はあるまい?」
「武器を失う?何の話だ?」
ゴブリンはにやりと笑いながら、右手を前に突き出す。
すると、地面に横たわっていたはずの大剣がふわりと宙に浮かび、疾風の如き速さでその手に収まった。
「魔剣の類か。面白い」
ゴブリンは再び剣を肩に担ぐ。
だが先程までの無造作な棒立ちではなく、今度は深く腰を落とした攻撃態勢だ。
それに応えるかの様に、レインも正眼に構えた。
「おい止めろ!」
「まあまあ、いいじゃない。お互いの力量が分かっていた方が、今後の戦いに生かせるんじゃないの?」
「そりゃそうだけど。これから30層に向かうのに、消耗するのは不味いだろう」
「じゃあ、30層は明日でいいんじゃないの?ニカちゃんには悪いけど、一応大きなパーティーが全滅してる階層だし。念には念を入れておいた方がいいんだろうし?」
此処までは大きな問題は発生してこなかった。
だが30層もそうだとは限らない。
そう考えると、確かに用心するに越したことは無いだろう。
「あ、私の事は気にしないでください」
ニカは本当にいい子だ。
1秒でも早く30層に向かいたいだろうに、健気に我慢している。
それに比べてレインの奴ときたら……いい歳して、我慢する事を知らないのかと言いたくなる。
結局、この後1時間近くレインとゴブリンの勝負を観戦する羽目になり。
当然のようにくたくたになったレインを連れて、地上へ戻る事となる。
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