第71話 それはないわー

「お疲れ様」


本日の探索を終え、俺は皆に労いの声をかける。


「おつかれさまでした!」

「おつかれさまでしたー」

「お疲れさん」

「ふふふ、お疲れ様です」


それに反応して皆も声を返してくれる。

一人を除いて。


今日の探索は、結局3層への階段を見つける所までで終了している。

朝の出発の時間が遅かったのもあるが、途中どうでも良い事で時間を取られ、ほとんど進む事が出来なかったせいだ。


まあだが、初日だしこんなもんだろう。

急ぐものでもなし、ゆっくり時間をかけて着実に歩を進めればいい。


と、俺は考えている。


他の皆も同様で、探索の遅行を気にする者は居なかった。

一人を除き。


探索の途中から、不機嫌を隠そうともしない男が一人。

レイン・ウォーカーだ。


気の短い男と言ってしまえばそれまでだが、彼に関してはほぼ無報酬に近い形で付き合わされている訳だからな。

遅々として進まない状況にイラつくのは、まあある程度しょうがない事ではある。


とは言え……このままじゃ空気悪いよな。

明日以降スムーズに進めるとは限らないし。

というか、現状だとこいつの力って必要ないよな。


そう思って声をかけたのだが――


「なあ。低階層ならお前無しでも大した問題はなさそうだし、ある程度進んでから参加してもいいんだぞ?」

「貴様の戦いぶりを見逃す気はない」


レインがじろりと、獲物を狙う猛禽類のような瞳で此方を睨む。

どうやら俺の力を少しでも多く推し量って、決闘でボコボコにする気満々の様だ。


マジ勘弁しろ。


パー曰く。

現状で決闘をした場合、俺が奴に勝つ確率は六分といった所らしい。


身体能力では此方が大きく上回ってはいるが、奴にはそれまでの人生で培った戦闘経験と勘があり。

更に、そこに隠し玉的なスキルの有無を錬金術的に考慮した数字が6分だそうだ。


錬金術的ってなんだよ?と思いはしたが、聞くと無駄に長くなりそうだったのでその辺りはスルーしている。


だが、パーの予測は恐らく当たっているだろう。

レインが自分より明かに弱い相手に決闘を申し込むとは思えない。

だからと言って、勝ち目もない決闘を申し込む程愚かでもないだろう。


そう考えると、俄然六分という数字が現実味を帯びて来る。


「流石に雑魚相手の戦いなんか見てもしょうがないんじゃ?」

「貴様との戦いはすでに始まっている」


うん、いや全然始まってないからね。

戦い。


何言ってるんだこいつは?と懐疑の目を向けるが、本人は全く気にせず言葉を続ける。


「である以上、貴様のほんのわずかな挙動も見逃すつもりはない」


それって、俺だけを見つめ続けるって事か?

なんか普通に気持ち悪いんだが。


美女ならともかく、きつい目つきの男に見つめられても全然嬉しくない。

何とかならない物かとパーを見るが、両手をクロスさせぺけまーくで答えを帰して来る。

どうやら我慢するしかない様だ。


「これからも多分イライラする事になるぜ?」

「構わん。精神のコントロールも、訓練の一環だ」


全然コントロール出来てないがな。

つい声に出して言いそうになるが、ぐっと堪えて飲み込んだ。

これ以上きつい視線で睨まれたら、冗談抜きで体に穴が開いてしまいそうだから。


「まあいいけど、次からは荷物あんまり持ってくるなよ」

「訓練用の錘を兼ねている。問題無いだろう」

「他のパーティーが見たら、お前ひとりに荷物押し付けてるみたいに見られるだろ?苛めだと思われたらかなわん」

「ははは、確かにそれはあるね。全員軽装は、それはそれであほのパーティーだと思われそうではあるけど。それでも、誰かを虐めてると思われるよりはましだよね」


「わかった」


レインにしては珍しく、素直に返事が返って来る。


パーが同意したからか?

報酬の件といい今回の件といい、こいつひょっとしてパーに気があるんだろうか?

いや、流石にそれは無いよな。


「俺はこれで失礼させてもらう。また明日も同じ時間で良いんだな?」

「ああ、オッケーさ。それじゃまた明日、頼りにしてるよ」

「ああ。また明日」


レインは振り返り此方に背を向けると、一瞬軽く片手をあげ去っていく。

そしてその挙動のなか、奴の頬が赤らんでいるのを俺は見逃さなかった。


いや、俺だけではない。

こういった事が大好きな女も、勿論目ざとく気づいていた。


「あの?ひょっとしてレインさんって。パーちゃんの事好きなんじゃ?」

「あはは、ばれちゃった?いやー、モテる女はつらいよー」

「やっぱり!!そうじゃないかと思ってたんですよ!」


フラムが今にも踊りだしそうな活き活きした顔で語気を強める。


ホントこういう話好きだよな、フラムは。

二人の恋話がいつ迄も続きそうだったので、俺はリンとニカに声をかけ先に帰るのだった。


しかし、パーが好きとかないわー。

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