第53話 厄災

相変わらず居心地悪いな此処は。

周りを見渡し、溜息を吐く。

ここは王都にあるアルバート邸の応接室だ。


塵一つ無い白亜の床に、周りに並べ立てられる豪奢な調度品類の数々。

部屋の中央には大きな黒の大理石のテーブルが置かれ、その周りを取り囲む様にソファーが配置されている。


小市民にとって、実に居心地の悪い事この上ない豪勢な部屋だ。


「たかしさん!このソファー凄いですよ!ふかふかで柔らかです!」

「りんちゃん、そんな風にソファーで跳ね回っちゃ駄目ですよ」

「はーい!」


リンがソファーの感触に感激して跳ね回り、それをフラムが窘める。

子供だなと呆れつつも、リンの気持ち良く分かった。

実際此処のソファーはびっくりするぐらい柔らかいのだ。


体をもたれ掛からせると、何処までも沈んでいきそうな錯覚に襲われそうな程に。

どうやらこのソファーはマジックアイテムで、腰かけるものの体格や体調に合わせて柔らかさや感触が自動で調整される物らしい。


俺も最初腰かけたときはびっくりしたもんだ。

その後、値段を聞いて更にびっくりさせられる。

何せ家が丸ごと一軒建つレベルの価格だったからな。


ソファー1つ取ってもこの価格だ。

もし何か変な物でも壊したらと思うと、気が気でない。

リンが粗相をしでかさないかはらはらしながら見ていると、ガチャリと扉の開く音と共にティーエさんが室内に入ってきた。


「たかしさん、お待たせしました」

「すいませんティーエさん、忙しいのにわざわざ時間を作って色々調べて貰って」

「ふふふ、気にしないでください。他でもないたかしさん達ての頼みですもの」

「助かります」


ティーエさんは三日前に拝命式で司教ビショップになって以来、儀式やら挨拶回りで多忙な毎日を送っている。

そのため、俺達がティーエさんと顔を合わすのは実に三日ぶりの事だった。


「ティーエさん、そのローブ凄く似合ってます!」

「ありがとうございます」


ティーエさんは以前まで着ていた修道服ではなく、青いローブを身に纏っていた。

その胸元には大きな翼の刺繍が金糸で施されている。


この青いローブこそが司教ビショップの証だ。


ローブには特殊な製法で複数の魔法が込められているため、模造はもとより、ティーエさん本人以外が身に着ける事が出来ないようになっている。


「たかしさんに頼まれていた件なんですが、魔物の研究者に関しては残念ながら情報は入手出来ておりません。此方に関しては、調べるにも相当な時間が掛かるのではないかと……」

「そうですか……」


リンをエルフに戻す。

そのためには魔物の事をもっとよく知る必要があった。

だからそういった研究者がいないかティーエさんに調べて貰ったのだが、どうやら空振りだった様だ。


「ただ死者蘇生に関しては、信憑性がありそうな情報を2件程入手できました」

「本当ですか!?」


魔物の事とあわせて、死者の蘇生に関する情報収集も頼んでいた。

正直こっちはダメ元だったのだが……


「1つは帝国にある、王墓と呼ばれる50階層からなるダンジョンの奥に眠る財宝です。その中には、死者を蘇生させる秘薬が眠っていると言われています」

「王墓ってお墓って事ですか?」

「ええ、王国・帝国・魔法国が1つの国だった時代の王の墓だそうです」


うわぁ、うさんくせぇ……


蘇生の秘薬があるのなら、何故墓に埋葬されている王はそれを使って自らを蘇生させなかったのか。

そう考えると、秘薬が本物だとは考え辛い。


ティーエさんが俺の表情から考えを呼んだのか、補足説明をしてくれる。


「王墓に眠る蘇生の秘薬は、元々は王の最愛の女性を蘇らせるために用意されたと言われています。ですが、その女性は火事で遺体が失われたために蘇らす事が出来なくなった様で。その事に絶望した王は復活の為に用意された至宝や研究資料の数々を王墓の最下層に封印し、その後自らの命を絶ったと言われています」


……成程。

それなら一応話の筋は通るか。


「悲しいお話ですね……死んで一緒になりたいって気持ちは分かります。でも、亡くなった恋人はきっと王様に生きていて欲しいって思ってたはずです」


フラムが俯きつつ悲し気に呟く。


「あ!ごめんなさい!話の腰折っちゃって」

「ああ、気にすんな」


そういやフラムは婚約者亡くしてたんだったな……

恐らく、自分の境遇と今の話を重ねていたのだろう。


「とにかく、その王墓に目的の物がある可能性が高いわけですね?」

「ええ。その秘薬が本当に完成していたかどうかまでは確認出来てはいません。ですが、当時大規模に行われた研究の内容が示された資料を見つける事が出来ればそれは十分有益な物になると思います」


研究資料が手に入るだけでも大分違うか……


全てが手探り状態の今、関連する可能性のある情報が手に入っただけでも有難い。

それに効果の定かではない蘇生薬そのものよりも、関連した研究資料の方が有効な可能性も十分にあるだろう。


「王墓か。何とか入り込めればいいんですけど」

「ふふ、その点は心配ありませんわ。王墓は一般開放されていますから。それに、王墓に眠る宝も手に入れた者に褒賞として与えられる事になっているそうです」

「え?マジですか?」

「王墓は帝国の首都の中心部にあるのですが、王墓の中には強力な魔物が大量に巣食っているそうです。ですから、王墓内の魔物退治に冒険者達を利用する為に財宝が褒賞として活用されているようですね」


フリーパスなのは有難い。

しかしダンジョン踏破か……なんかわくわくしてくるな。


リンを元に戻す為の行動ではあるが、秘宝を求めてダンジョン攻略と聞くと胸が躍ってしまう。


「それで、もう一つの情報なのですが……此方に関しては、現状入手は絶望的です」

「絶望的?」

「ええ。たかしさんは厄災と呼ばれる魔物を御存知ですか?」

「確か、人類では手の打ちようがないレベルの化け物の事ですよね?」

「はい。その厄災の内一体が、自らの配下の魔物を蘇生させる力を有しているそうです」


ああ、成程。

ドロップアイテム狙いか。


しかも超絶レベルの魔物からの……


強力な魔物は倒す事で、魔石だけでなくアイテムもドロップする。

そしてドロップするアイテムは、その魔物の性質に近しい力を発揮する事が多い。


支配者の指輪ルーラーオブザリングがいい例だろう。

吸血鬼だったブラドには、他の魔物を支配する能力があった。

その性質を受け継いだアイテムが支配者の指輪ルーラーオブザリングという訳だ。


「蘇生能力を持つ厄災を討伐できれば、蘇生用のアイテムが手に入るって事ですよね?」

「そうなります。ですが、現状の戦力で厄災を倒すというのは、まず不可能でしょう」


ティーエさんがここまではっきり言うってことは、彩音でも勝ち目が薄いって事だよなぁ……


リンの事に関しては皆が協力を快諾してくれてるとは言え、流石に勝ち目の無い敵と一緒に戦ってくれなんて無茶は言えない。


「まあ、厄災は取り合えず置いておいて、帝国の王墓に行ってみようと思います」

「それがよろしいかと。帝国への手配は此方で済ませて置きますから、2-3日程待って頂けますか?」

「すいません、よろしくお願いします」


借りばっかり出来ちまう。

この前の囮の件を差っ引いても、もうすでにお釣りがでるぐらい世話になってしまっていた。

このままだと冗談抜きで、ティーエさんに頭が上がらなくなってしまいそうだ。


「それでは皆さん、お食事の用意をしてますから。どうぞ召し上がって行ってください」

「やったぁ!お昼ご飯だぁ!」


子供って無邪気でいいよなぁ……


無邪気に喜ぶリンを見て、素直にそう思う。



~~~~~~~~~~~~~~~


ここから2章になります。

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