第16話 噂話
「アニエス様!」
名を呼ばれ振り返ると、少年がこちらへと駆けてくる。
「そんなに慌てて、どうかしたのか?」
少年の名はカーター・オズワルド。
最近騎士団に入ったばかりの見習い騎士だ。
年齢は13歳。
本来騎士団への入団は16からなのだが、その卓越した剣技が認められ、彼は13歳という若さで入団を許された天才少年だった。
「お聞きになられましたか!?」
「何の話だ?」
「ドラゴンの事です!カルディメ山脈に住まうドラゴンが、たった5人の勇者によって討伐されたと!」
少年は興奮を抑えきれないのか、大声で話す。
この年頃の少年にとって、強大な力を持つドラゴンを勇者が倒すといった英雄譚は、さぞや胸に響いた事だろう。
「ああ、その話か。お前はまさかそんな話を本気で信じているのか?」
「え!?ですが報告では5人で倒されたと……」
「たった5人で竜討伐など不可能だ。まあ、バルクス団長クラスが5人いれば話は別だが」
ありえない前提だ。
王国騎士団の頂点に立つ男、バルクス・ファーガン。
彼はルグラント王国における最強の戦士だ。
そんな人物と同等の人間を5人集める事など、出来るはずがない。
しかも5人の内2人はアルバート家の姉弟だ。
あの二人も優秀ではある。
天才と言ってもいいだろう。
だが、団長と比べると確実に1~2ランク劣る。
つまり、たった5人で倒す事など不可能という事だ。
「で、ではドラゴンを倒したというのは、虚偽の報告だと?」
「ドラゴンを倒したのは事実だろう。調べれば直ぐにばれる嘘をつく程、アルバート家の人間も愚かではないだろうからな」
アルバート家。
アニエスのコリン家と並ぶ王国三大貴族の一つである。
莫大な資金と国内に強大な影響力を持つアルバート家の力なら、精鋭を極秘に集める事も難しくない。
恐らく百人程度の精鋭を集め、更に高額なマジックアイテムをもってしてドラゴンを討伐し、それを姉弟の手柄にしたのだろう。
被害も相当な数だったに違いない。
下手をすれば半数以上が命を失っている可能性もありえる。
もっとも、亡くなった者たちに同情する気はないが。
如何に腕が立とうとも、そいつらは所詮金や立場に釣られた欲深い亡者でしかないのだから。
「見栄の為か…」
「アニエス様?」
「いや、今回の事でアルバート家はどれ程の金をばら撒いたのかと思ってな」
「その、大丈夫なんですか?」
少年も言葉の意図を理解したのだろう。
心配そうに聞いてくる。
もちろん大丈夫なわけがない。
家の立場は同格とはいえ、確たる証拠もなしに他家を非難するなど、相手に付け入るスキを与えるだけだ。
例え婚約しているとはいえだ。
「すまん、忘れてくれ」
「あ、はい。忘れました!」
カーターの子供らしい素直な反応に、つい微笑んでしまう。
あの男にもこれぐらいの可愛げがあればな……
シスコンで、姉が居なければ常にむっつりしている婚約者の顔を私は思い浮かべた。
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