八十九 起き上がるもの
「……相違なし、か……」
伝達糸の返事を聞き、青が力なくうなだれる。
「なんぞ事があったか」
白星の問いに、青は意を決したように正面から目を合わせた。
「この期に及び、恥を忍んでお頼み申す。今一度、御力をお貸し願えませぬか」
「まずは話してみよ」
「はい。たった今入りました情報ですが、琵琶湖の東に、太陽が如き灼熱の球体が現れ、琵琶湖へ流れ込む支流周辺の土地を、酷暑にて蝕んでいるそうなのです」
「青、それはまさか……」
話を共に聞いていた白が、震える口元を抑えて声をあげる。
「ああ。信じがたいが、奴が復活したのであろう」
「奴とは?」
白星の問いに、青は忌々しさを隠しもせずに説明を始める。
「遥か昔より、琵琶湖の東に位置する三上山に棲み付く大百足のことです。奴は火の気を宿し、干ばつを引き起こしては、周辺に住む我等を含む者達を苦しめて来ました」
「それを見かねた龍神様が、かの大百足と幾度となく対決しては決着がつかず。代わりに恵みの雨を降らし、この土地は均衡が取れていたのです」
続きを白が引き継ぐと、更に続ける。
「その内、百年程前に、人の身にして英雄の気質を持つ者が現れ、龍神様と協力して、かの大百足を退治したはずなのですが……」
「奴め、死んだふりをして今まで傷を癒していたのでしょう。そして龍神様が倒れた今を好機と見て、周辺の支配に乗り出したのかと思われまする」
「なるほど。経緯は知れた。されど解せぬな、機がよすぎる」
黙って説明を聞いていた白星が、顎に手をやり熟考を始める。
琵琶湖の橋にて黒き衣の者が目撃されたのは偶然ではあるまい。
思うに竹生姫は初めから狙われていたのだろう。
竜宮を飛び出したところを邪気で侵し、荒ぶる災害と成さしめる。
そのまま土地が浸水し、一帯が滅べばよし。
もし竹生姫が倒されてもよし。
雷雨によって火の気を封じられた大百足が動けるようになるからだ。
恐らく大百足にも黒衣の者が接触している可能性は高い。
以上をもって、一連の騒動は繋がっていると見るのが自然である。
「なるほど……二段構えの策であったと……」
「かか。わしの推測でしかないがの。当たらずとも遠からずというところであろ」
ううむと唸る青に、白星は至って自然に笑いかける。
「では、わしはひとっ飛びして直に見てくるかの。宴の準備はまた後にするがよい」
白星は竹生姫が宿していた首を回収し、飛行の権能を新しく得ていた。
「姉御、おれ達は……」
打猿が伺いを立てようとするが、白星はそれを遮った。
「今回は留守番をしておれ。ぬしら水気に強くとも、火気には弱かろう。巻き込まれればたまらぬぞ」
「うう、役に立でなくですまねえ……」
「構わぬ。これまで散々世話になったでな」
そこまで言うと、白星はその場にふわりと浮き上がった。
「龍神でも討ち洩らしたという大百足狩り。腕が鳴るの」
そして大見得を切ると、ひゅんと風のように洞窟を抜け、一直線に外へ飛び去って行った。
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