16-4 ドッペルの父

「……あんたが」


 カズマは糾弾した。


「あんたが、言った言葉だったのか。あんたがドッペルにそう吹き込んだのか。

 身代わりだとか、代用品だとか、そんな酷い言葉を」


 カズマは怒りに震えていた。


 やがて酷く顔を歪ませた。それは痛みだけではない、悔しいからだ。


「……っ……」


 その悔しさの波が治まるまで待ってから、ゆっくりと口を引き結んだ。

 それは海の底のように静謐で、教授への言いようのない悲哀を含んでいた。


 教授は信じ難いというように、カズマを凝視した。

 そして、激昂する。


「……君は自分の立場も分かっていないのか。その目は、私を侮辱しているつもりかっ⁉」


 教授は拳銃を取り、銃口をカズマに向け、


 否。


 向ける途中で、どっと横向きに倒れ込んだ。その拍子に拳銃が教授の手から弾き飛ばされた。


 白衣を着た助手の一人が教授に背後から近づき、すぐ側のオフィスチェアで側頭部を殴ったのだ。


 涼しい顔で教授を殴った白衣の人物は、ソラだった。


「カズマー‼」


 ドッペルが叫び声と共にオフィスに飛び込んできた。


「マジかよ……」とカズマが口をあんぐり開けたのも無理はない。


「カズマ! 無事? 間に合った? 生きてるよねっ? 助けに来たぜ!」


 斜めピースみたいな(?)変なポーズで格好つけたドッペル。

 自分と同じ顔、同じ声、同じ背格好だ。それなのに数か月前よりずっと頼もしく見えた。


「……私の、邪魔をするなっ。ソラ、裏切るのか?」


 教授のしゃがれた声が響いた。


 ソラがやれやれとでも言うように肩を竦めた。


「先に裏切ったのはあなたでしょう。もううんざりですよ」


 それは戸惑いながら成り行きを見ている周囲の警備員服の男らや研究所の助手たちに聞かせているようだ。


「これ以上、あなたに従っても俺たちには何のメリットもありません。俺たちは騙されていたんです。もうすぐ警察が到着します。

 教授はこの状況をどう説明するおつもりです? きちんとお一人で責任を取り、俺たちの利益を保証してくれますか? まあそれは無理でしょうね」


 最後にソラが周囲に声を張った。


「皆さん、ここにいては共犯者にされます! 逃げましょう!」


 その一言をきっかけに教授を護衛していた取り巻きが互いに顔を見合って、ざわついた。

 そして、蜘蛛の子を散らすように、あるいは「後ろ盾ってのは嘘だったのかよっ!」と罵倒しながら、ビルから逃亡した。


 カズマは急展開に声も出せない。


 不意に、カチャ、と金属音がカズマの耳に届いた。

 はっとそちらに視線を向ける。


 モモウラ教授が憎悪で目をぎらつかせて拳銃を拾い、ドッペルに向かって構えていた。


「ドッペルッ‼ 避けろぉ!」


 カズマの悲鳴と、パァンッ、という発砲音が重なった。


 ドッペルが近くの機材を載せた台をガタガタと巻き込んで、右肩から仰向けに倒れた。


 う、嘘だろ。まさか、撃たれて……。


「ドッペルッ⁉」


 カズマはどうにか拘束を解けないかと腕をめちゃくちゃに動かしたが。

 くそ、ダメだ。


「……ううー」


 という呻き声がして、地面に散らばった機材からドッペルが身体を起こした。


 血が流れている様子はない。

 教授が発砲する一瞬、体を捻って倒れ込むことで弾を回避したようだ。

 言わずもがな、そんな光景映画でしか見たことなかったが。


 カズマはひとまず安堵した。


「うわぁ、めっちゃ怖かったぁ。防弾チョッキ買って良かったー、マジで」


 教授はドッペルに発砲後、オフィスから逃げ出したようだ。


 ドッペルは立ち上がり、カズマの強固な拘束をペンチみたいな機材を使って解いた。


「ドッペル、ほんとに無事か? 怪我とか……」


「うん、大丈夫! ぜんっぜん平気! カズマは休んでていいから! 後は俺に任せて!」


 ドッペルは拳で自身の胸をドンと叩いた。

 ……涙目じゃなかったら、完璧にカッコよかったけど。





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