15-2 眼鏡仲間
まだ日の昇らない早朝の体育館。
四人は冷えた壇上で時間を持て余していた。
ギギ、キー……!
体育館の鉄製の扉が開いた。
その向こうから歩いてくる男は三十代くらいの軽薄そうな見た目だ。フレームが
この人がソラか。
途中、彼は意味ありげにヨモギに視線を向け、目で笑った。
ドッペルは壇上から伸びる階段を降りた。
ソラはドッペルと一メートルほどの距離を空けて歩みを止めた。
「やあ、ドッペルゲンガー君。初めまして、でいいのかな?」
ソラの眼鏡の向こうに面白がっている色合いが滲む。
「そういう言い方するってことは、あんたは先にカズマと会ってるんだな?」
「うん、会ってるよ。いやぁそっくりなんだな、グロテスクなほどだ」
ソラがドッペルを挑発していることが分かったので、反応せずに受け流した。
「ソラさん、本題に入っていいか? 俺の目的はドッペルゲンガー製造計画を潰すこと。あんたもそうだろ? ちょっと眼鏡がダサいけど、協力してほしい」
「実に簡潔で明確なお誘いだねぇ。眼鏡がダサいってのはカズマ君にも言われたなあ」
ドッペルはソラの思考を推し量ろうとした。
それはソラの方も同じだったらしい。
「ドッペルゲンガー君、君の協力は何を意味するのかな? 一体どれ程のことを俺に要求するわけ?」
「情報が欲しい」
ドッペルは即座に返答した。
「それはドッペルゲンガー製造計画を潰すための情報?」
「違う。それはもう
「へぇ」
ソラは感心したように目を細めた。
彼の感心はドッペルが『ドッペルゲンガー製造計画を潰すための情報はもう揃っている』と告げたことに対してだろう。
「いいよ、手を貸してあげよう。元からそのつもりだしね。じゃなきゃわざわざこんなとこ来ないもん」
コクリとドッペルは頷き、すぐにソラに詰め寄った。
「それでカズマは? 今どうしてるの?
無事、だよな……⁉ 生きてるんだよな……?」
ジロウたちの手前ではカズマのことを気楽に話したが実際は不安で堪らない。
後ろにいるジロウたちの息を呑む気配がした。
「多分、無事だよ。今はそうだねぇ、俺が作った特製のお薬を飲んでカズマ君本人の人格を壊してる最中じゃないかな?」
「……は?」
ドッペルは聞き返した瞬間に、思考の回路が火花を散らして繋がり、理解した。
「俺を生かすために……?」
「うん、うん、そうだよー。よく分かったねぇ」
チャシャ猫のようにソラは口の端を三日月型にした。
「カズマ君はドッペルゲンガー君の生き残る可能性を上げるために自分の人格を破壊することを決意したんだよ」
カズマの知能を下げれば、ドッペルの知能が上がる。
だが、
「……嘘を吹き込もうとするな、ソラさん。俺そういうのけっこう嫌いだ」
「あら、バレたの?」
ソラは終始愉快そうに、ひょいと肩を竦めた。
「カズマはそんな意味のない自己犠牲するほどバカじゃないって俺は知ってる。俺とカズマの二人が助かるために研究所に残ることを選んだんだ。
カズマはモモウラ教授に知らせてるんだ。今よりももっと『高度な知能』を手に入れられる可能性があるって。そして、自分が殺されるのを防いでる。
ヨモギの話を聞く限りあの時脱出することも出来たんだと思う。でもそれをしなかったのは目的があったから」
カズマはまだ諦めてない。それはもう分かってたことだ。
そのタイミングで、ソラが携帯端末を取り出した。
「おおっと、状況が変わったようだね。カズマ君が教授に
ドッペルの後ろにいたヨモギが「そんなっ……」と動揺の声を上げた。
「ドッペルゲンガー君、カズマ君を助けに行くのかい?」
ソラの問い掛け。
ドッペルは眼鏡に触れた、カズマがいつもそうしていたように。
口を開く。
「……モモウラ教授が研究所を捨てたってことは今、研究所はもぬけの殻だ。一度そっちに向かってほしい。ヨモギに資料を渡しておくよ」
「ちょっと待てよ、カズ……じゃないドッペル。お前はどうするんだ?」
ジロウが険しい顔つきで
ドッペルはそれをやんわり受け止めて、
「俺はカズマを助けに行くよ。ここから徒歩十分のところにドッペルゲンガー製造計画に関わった企業の運営してるビルがあるんだ。で、そこにこれからカズマが誘拐されてくるはずだから」
「えっ」とジロウたちが驚愕した。
正解だ、とでも言うように満足げにソラが笑った。
うっすら空が白んで体育館の小窓から日が差した。埃がきらきらと舞っていた。
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