5-3 ナンプレ


 研究所の一室。


 スミレは白髪が混じり始めた教授を前にしていた。


「スミレさん、頼んでおいたことはどうなったのかね?」


 教授はスミレに視線を向ける素振りもなく機械的に尋ねてきた。


「……指示通りに、カズマ君本人から私に関する記憶を消去しました」


「まったく、しっかりしてくれたまえ。このドッペルゲンガー製造計画には多くの期待が寄せられているのだ。

 今回はドッペルゲンガーの知能が低下した原因を突き止め対処できたから良いものの、危うく計画自体が潰れるところだったのだよ」


 スミレの返答にぐちぐちと文句を重ねる教授。


 スミレがこの計画が非人道的であり、すぐに取り止めるべきものだと気付いた時にはもう後戻りできないところまで計画が進んでいた。


 手を引こうとすれば、スミレやスミレの家族がどういう目に遭わされるか……。


 ごめんね、と心の中でスミレは呟いた。


 申し訳なく思っている、カズマにも、ドッペルゲンガーにさせられてしまった少年にも。(青年と呼ぶ方が正しいかもしれないが、スミレの記憶では数年前に研究室で暮らしていた少年の印象が強い)。


 だからと言って現状を変える力はスミレにはない。


 ついこの間スミレとすれ違ったカズマがスミレの名を呼んだことを思い出す……。


 不意に研究室のドアがノックされた。


「すみません、教授」


 研究所の助手をしている男性の一人だ。

 何か手違いでもあったのだとスミレは勘付いた。


「あの、教授の指示で企業に連絡してみたんですが、何か行き違いがあったらしく……その……」


「何だね?」


 教授は苛立っている。

 臆病な人間ほど計画が狂いそうになると焦りが出るものだ。


 スミレは横目で教授を観察する。


「ドッペルゲンガーを預けていたはずの企業なんですが、その今はドッペルゲンガーの青年がいないようで、実はこの計画のオリジナルの青年の家にお試し販売ってことで居候しているそうです……」


「……なっ、どういうことだっ!」


 教授が怒鳴り散らす。


 スミレはもしかしたらこの間すれ違ったのはドッペルゲンガーの少年の方だったのかもしれないと考えを巡らせた。


 カズマと出会った最初の頃、恋人になった頃、初めての旅行。


 それらを思い返し、分析し始めようとした。

 しかしすぐに、それが出来てしまう自分に嫌気が差して僅かに顔を顰めた。





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