第六話
1
目を覚ました時、そこには高級ホテルのようなあでやかな様相をしていた。赤と茶色が混ざった大きな絨毯につやのある木製の机が置かれていた。机の上には何か盆のような物が置いてあることが遠めからもわかる。脚が、美しい曲線美を描いている椅子が机の周囲に規則正しく置かれていて清潔な雰囲気を帯びている。周りを見てみると、見たことのない生地でできたカーテンが外の景色をふさいでいた。柔らかな明かりが部屋を包んでいるので、てっきり外からの光かと思っていたがどうやら違うらしい。寝床から出てみると、どうやら蠟燭の明かりで部屋の光量を保っているようだ。肌に感じる温かさ、視界に受ける心地よい光はそうやらそれが理由らしい。
「ここはどこだ?」
見覚えのない景色が広がっている、最後に意識があったのは確か…
「阪神競馬場か」
そう、あの悪夢のような敗戦をきしたあの戦場だ。しかし、一体ここはどこだろう。おそらくマルガリータの仕業であることは確かなのだが、彼女の姿がどこにもみえないのが気がかりである。部屋の探索に取り掛かってみるが、すべてのものがアナログ式であり電気も通っていないように思う。カーテンを開けてみた。
「ウヲ!」
切り立った崖の上にある屋敷らしい、目の前に広がる景色は美しく力ず良い大自然である。しかし、さらに疑問が増える。ここは日本なのであろうか?私は誰の屋敷にお邪魔しているのだろうか。部屋の探索に戻りながら、何か情報源がないか確かめてみた。机の上に水の入った瓶と、鮮やかな色どりの和洋の菓子が机の上に置かれていた。
「ぐうう!」
腹の虫が声を上げた。どうやら、この菓子を求めているようだ。しかしなが、他所の家の物を勝手に食べるのはいかがなものかと私の理性が忠告している。
「ぐうううううううううううううう!」
私の腹の虫が先程よりも強く声を上げていた。手が勝手に菓子に手を付けていた。マカロンである、薄紅色の物から、乳白色、濃緑、薄緑、紅、黄色、と目をやさしく誘惑し一段と腹の虫化が暴れだしていた。私は、
「いや!だめだ!」
私の中のなけなしの良心が自らの手を止めた、右手でつかんでいた菓子を口に運ばないために私の左手が全力で右手を止めていた。が、あっけなく口に運ばれてしまった。
「うまい…」
顎が外れるほどの美味さだ。サクッフワッとした食感に、中の餡が心地よく舌の上を覆い、滑らかな甘みが広がっていった。マカロンとはなんと軽く心地よい食感なのだろうか。一つ一つが宝石のような身だしなみをしている、口に入れるのが惜しい気持ちと早く味わいたいという気持ちが心の中でせめぎあうのであった。この薄緑のマカロンはピスタチオであった。続いて薄紅色、これはいちごであった。紅色、ラズベリー。濃緑、抹茶。次々と手が動いていく、横にあったクッキーはサクサクとした歯ごたえから噛めば噛むほど甘みが増し優しい小麦のにおいが鼻孔を犯した。しかし、のどに渇きを覚えて来た。もう食べなければいいのかもしれないが、私の腹の虫はまだ終わらんと息巻いている。水を飲めばいいのかもしれないが、それは私の舌が拒絶した。何か他に飲むものを探さなければ。そんな時、どこからかすっきりとした葉の香りがした。私の寝床の上にポットが置いてあったのだ。盲点、灯台下暗しとはこのことである。ポットの温かさから入れたてのようだ。カップとポットを運んでいるとカップもしっかりと温めていることに気が付く、ここの者はできる御人のようだ。カップに茶を注ぐと湯気と共に仄かな茶葉のにおいが立ち上った。爽やかであっさりとした匂いが私の甘さに飽いていた舌を刺激するのである。ああ、この組み合わせである。口に運びのどを通った、茶の温かさは人の舌が熱くて飲めなくならないような最大限の気配りがされていた。飲み込み口から息を吐いた時、胃袋から食堂を通り春風が花を通り過ぎた。イギリス人がティータイムを大切にする気持ちが段々と身に染みてわかってきた。この至福の一時が人の心を救ってくれるのである、今の忙しない現代人もぜひ味わってみるべきである。カップを置き、又菓子の方に目を向けてみよう。我ら日本人特有の食べ物と言っても過言ではないだろう和菓子、団子に大福、煎餅、練り切りが別の盆に並べられていた。団子は、仄かな醤油の香りを帯びたみたらし、こしあんが上に惹かれ甘いふんわりとした香りが感じる団子、等どれから食べようかわくわくしてしまう。練り切りは、芸術品のような装いをしていて口に運ぶことも恐ろしい。煎餅は、ぽたぽた焼きの様な物から歌舞伎揚げまで日本の下町を感じる物もあった。どれを食べても美味い。
「しかし、これだけ食っても腹が満たされないのは不思議である」
食べても食べても腹の虫は落ち着きを取り戻さない。なぜであろう。
「ぐうううう!」
虫が私の気持ちにこたえているようだ。
「わかっている、もっと食べたいよな」
私も答えてみた。
「ぐうう!」
虫も返答をくれる。何だか、私のことをわかってくれるのはこいつしかいないんじゃないだろうか。
ふと、あった水を飲んでみた。
「うまい!」
流れている川の景色が眼前に見えてきた。
「これは、京都の水だ!」
良くわからないが言ってみた。
「ゴックン」
喉を鳴らしながら、コップ一杯飲みほした。人は面白いもので、水以外での水分補給をするのと水で水分補給をするのとでは、体の反応が違う。
「そういえば、マルガリータはどこに行ったんだ」
ここに連れてきたのはきっとマルガリータであろう。それなのにいくらたっても反応がないのは何であろう。
「おい、マルガリータ」
反応はない。
「マルガリータ!」
先程よりも大きな声を出してみたが、やはり反応はない。自分の置かれている状況がさっぱりわからない。
「ぐうう!」
腹の虫は声を止めない。
「まいったな」
そういいながらも、かき揚げを食べる手は止めない。おいしいからである。煎餅とは、食べようと思って食べるものではないが、あったら止まらないものである。先程まで甘いものばかり食べていたので、この塩味が心地よく感じる。そこに、『カツカツ』と足音が近づいてくるのがわかる。
「だれだ?」
足音からヒールではないかと思われる。
「マルガリータか?」
足音が止まり、誰かが扉に手を掛けた。ゆっくりと扉が開いてくる。なんだあの扉、ドアノブが金でできていて、他の素材は木材なのか金属なのかもわからなかった。
「あら、起きてらっしゃいましたのね」
そこには、艶やかなメイド服を着こんだマルガリータが不敵な笑みを浮かべ、現れたのである。
2
「なあ、その恰好は何だ」
「あら、似合ってないかしら?」
似合っているか似合っていないかでいえば、
「似合ってる」
正直に言えば、そのまま静止画を書いたり、マルガリータの動きを映像に残して鑑賞したりしたいほどだ。
「正直でよろしい」
「じゃなくて、どういう状況なのか説明してくれないか」
「満漢全席を食べてほしかったの」
「はあ…」
全くわからない。満漢全席とは、清の時代の満州民族が作ったといわれている中華料理のフルコースである。
「他にも、イタリアンにフレンチ、和食とトルコ料理をそろえてみたわ」
「待て、話についていけない」
「次の楽しみを考えてたら、お腹が空いたのよ」
「それで、満漢全席か。そんなもの食い切れないだろ」
「ええ、元々食い切られないために作られたものですもの」
「だったら」
「でも、私の悪魔の力を舐めないでほしいわ。私が命じればなんだって意のままよ」
「じゃあ、」
「ええ、今回は暴食するわよ!」
「なあ、いくら食べても腹が膨れないのって」
「私のおかげよ」
成程、子の腹の虫の強気な態度もこいつのせいか。
「ありがたいことですよ、本当」
「もっと感謝した方がいいわよ」
「嫌味だよ」
「ほんと、罰当たりよね」
「なんでだよ」
「あんた、ギャンブル中毒になってたのよ」
「はあ?」
ギャンブル中毒?全く心あたりがない。
「全額失ったときに精神を落ち着かせるために出た脳内物質で脳が壊れちゃって、やめられない止まらない状態だったのよ」
「まじか、」
「まじよ。私の力がなかったら人として終わってたわよ」
「もとはと言えば、おまえのせいだろ!」
「直したのは私よ!感謝しなさい」
めちゃくちゃである。
「で、此処はどこだよ」
「山の中」
「それは見ればわかる」
「まあ、いい感じのとこ見つけて私が大豪邸を作ったのよ」
「作った?」
「ええ、山梨あたり?かな。どこでもいいじゃない」
なんだか頭がくらくらする。
「そういえば、ここにある菓子食べちゃったけど良かったか?」
「ええ、暇つぶし用に作っといたんだけど…」
マルガリータが受けた視線の先には、空になった盆が置かれていた。
「お気に召したようでよかったわ」
「美味しかったです…御馳走様でした」
「お粗末様でした」
あれ程の物をマルガリータが作ったというのか。素晴らしい。そういえば、
「何しに来たんだよ」
「そうだったわ。料理ができたのよ何から食べる?」
やはりそういうことか。
「じゃあ、満漢全席から行こうか」
「はい、喜んで!」
そう言って扉に駆け寄ったマルガリータの微笑みは天使の様であった。ふわりと舞うメイド服の、スカート丈素晴らしい。私の心まで天に舞いそうだ。
私はマルガリータに連れられて長い廊下を歩いていた。壁の隅から隅まで丁寧な作りが施されていて、目を奪われてしまった。添えられている花から仄かな甘い香りが立ち込めている。花を活けている花瓶も、艶があり時代をほうふつとさせるような出来である。
「なあ、これって勝手に山の中に作っちゃってよかったのか?」
「使い終わったら壊せばいいのよ」
「そういうものか」
少しづつ花の数が減ってきていた。
「なあ、これって」
「ええ、そろそろ食堂よ」
食事の邪魔にならないように、花の香りが届かない程度のところまで飾られていた。歩みを進め扉を開けてみると、そこには大きなテーブルがドドンと備わっていた。人、一人で使うようなものではない。まるで、大人数で会食を開くときに使うようなテーブルである。
「ここに座って待っていて」
「おう、」
上座に座りった。そこには、葡萄酒がおいてあった。
「なあ、これ飲んでいいのか」
「ええ、はじめには、ふさわしいと思うわ」
自分で接ごうとしたところ、マルガリータに制止された。
「なんだ?」
「今日は、私が従者あなたがご主人様よ」
私の代わりにマルガリータが葡萄酒を注いでくれた。ご主人様…。心の底から力が湧くような言葉である。可愛い女の子が甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれるのである。これ程幸せなことはない。
「ありがとう」
「いえ、」
彼女の着ているメイド服は、フリフリが付いているような媚びたものではない。できる限り淑やかに気配りされていながらも少し大胆で、魅力を私たちに漂わせるような出来合いわ神の仕業としか言いようがない。美しい。メイド服以上に女性に一番フィットする服装があるだろうか?ビキニなどの下品に女性らしさをアピールするような服装よりも、私は何かを覆い隠そうとしながらも隠し切れない女性の魅力を彷彿とさせるスクール水着を愛する男である。そんな私にとってこのメイド服はビンゴである。メイド服には種類がある。それをしっかりとわかっているのであろうこの仕立て屋は。
「何ジロジロ見てんのよ」
「見てない…」
見ていた。
「本当?」
「本当だ!」
嘘である。
「じゃあ、お料理を運びますのでしばらくお待ちください」
「おう、」
今の私は、料理よりもこのマルガリータを眺めていたい気分である。
「ぐうう!」
腹の虫も私に同意のようだ。
「あらあら、そこまで楽しみにしていただけると料理を作ったものとしては嬉しい限りですわ」
「ああ、楽しみだ」
マルガリータが振り返り扉から出ていった。メイド服がターンする時の服のふわっとする膨らみは何なのであろうか。愛らしい。素晴らしすぎる。何だ?ここは天国か?
特に、やることもないので葡萄酒に手を出してみた。
「あ、美味い」
爽やかな葡萄酒である。口当たりは甘めで深みがあるかと言えばそうではないが、飲み込んだ後の戻り香がとても素晴らしい。爽やかな葡萄と貯蔵してたであろう、木材の香りがした。これ程の葡萄酒が、最初に出ると思うとこれから先の食事が一層楽しみになってくる。
「ガラガラガラ」
扉の外から、台車の音がする。音が近づくにつれ私の胸の鼓動も強くなっていく。食事に対する期待とあのメイド服をもう一度拝める嬉しさのまじりあった喜びである。音が止まった。そして、扉が開かれたのである。
マルガリータ イキシチニサンタマリア @ikisitinihimiirii
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