悪役令嬢はネコと戯れる

 ユーリの起床時間は早い。朝食時間の三時間前には起きて鍛錬を始めるからだ。

 しっかりと柔軟をしてから、まずは学園の外周を走る。本来は許可証を提出せずに学園外に出るのは罰則対象になるのだが、ユーリはランニング時のみ特例として守衛に一言声をかけるのを条件に、許可証無しでも許されていた。

 外周を走り終わると、次は筋トレを行う。腕立て・腹筋・スクワットを各10回、1セットとして、10セット行う。最後に剣の素振りを100回して終りだ。


 この朝の鍛錬時には時折、ニコラスやレオンがふらっと顔を出すことがある。そういった時は剣の手合わせをしていた。ちなみに、ユーリはこの二人相手ならほぼ十割の確率で勝てる。

 ユーリが今まで出会った中で勝てないと感じたのは、前世での師匠と、今世での父親だけだ。


 そんなユーリだが、今日はいつもと様子が違っていた。木刀を片手に石像のように固まっていたのである。

 視線の先には小さな獣が一匹。一見するとただの猫。しかし、その小さな身体からは魔力が感じられた。目の前の小さな獣はただの猫ではなく、『魔物』だった。



 前世と違い今世には『魔法』がある。加えて、魔人や魔物も存在する。知能の高い魔人は全て討伐対象だが、魔物は使役できれば強い味方にできる。ユーリは慎重に近づき、目の前の小さな獣が使役されている魔物かどうかを一先ず調べ始めた。

 小さな獣から感じた魔力は一つ。使役証明の首輪もついていない。どう考えても結論は一つだった。



 ユーリは選択を迫られていた。

 今この場で、討伐するのか。それとも、捕獲して学園側に預けるのか。


 悩んだ末、ユーリが出した結論は『自分のペットにする』であった。

 前世からユーリは大の動物好きだった。特に小動物が好きだ。小さいのがちまちま動いているのを見ると抱きしめて頬ずりをしたい衝動に駆られる。

 ただ、何故か前世ではそれをするとより一層嫌がられていたが。


 ユーリは小さな獣にそっと近づく。警戒はされていないようだ。安堵しつつ、学園内にいる教師達に気づかれないよう注意を払い闇魔法で亜空間を作り出した。念のため、周囲の気配を探りながら、使役の呪文を唱える。

 呪文は覚えていたが実際に使用するのは今回が初めてだ。少々緊張したものの、無事成功してホッとした。


 亜空間を解くとユーリは小さな獣を腕に抱えた。ユーリの腕の中で小さな獣が嬉しそうにミーミーと鳴いている。前足で顔をかいていたかと思えば、フルフルと頭を振り、首を傾けユーリの顔を見上げてくる。

 その様子をじっと見ていたユーリは頷いた。


「よし、おまえの名前はネコだ」


 理由は言うまでもない。見た目が猫にそっくりだからである。ネコが返事をするようにミーと鳴いた。

 己の欲求を我慢できなくなったユーリは、誘惑されるがまま、おそるおそる柔らかな毛に頬擦りをしてみる。ネコは擽ったそうにするだけで嫌がりもせず、怒ることも逃げることもしなかった。ユーリは破顔した。



 とろけるような笑みを浮かべ、ネコと戯れているユーリの姿を目撃したアンネは咄嗟に手で口を塞いだ。あと少し遅れていたら奇声を発していただろう。

 アンネはこの日、ランダムで出るシークレットイベントを狙って学園内を散策して回っていた。

 そして、ようやくそれらしいイベントを発見したのだ。

 

「ユーリ様とのシークレットイベントきたー!」


 鼻息の荒いままユーリとネコの戯れをしばし堪能した後、アンネは自分を落ち着かせるとユーリに声をかけるべく近づいて行った。


「ユーリ様」




 ユーリは自分の名前が呼ばれた気がして顔を上げた。そこには、自分を毛嫌いしているはずのアンネがいた。


「その子、どうしたんですか?」


 アンネの視線がネコを捉えていることに気がついて警戒をする。ユーリは、アンネが喋るより早く口を開いた。


「この子は実家で飼っている私のペットなんだが、どうやら寂しくなって私に会いに来てしまったらしい」


 ユーリはネコの首に首輪がついていないのをさりげなく手で隠し、アンネに見せた。


「そうなんですね! この子ユーリ様が大好きなんですね!」


 アンネはニコニコと可愛らしい笑みを浮かべ、ユーリに話しかけた。妙な圧を感じ取ったユーリが戸惑いながらも頷き返す。


「名前はなんて言うんですか?」

「ネコだ」

「え?」


 聞こえなかったと勘違いをしたユーリは、今度はゆっくり、はっきりと告げた。


「ネコ、ですか」

「ああ、ぴったりの名前だろう?」

「……確かに」


 ユーリの腕の中でゴロゴロ喉を鳴らしているネコを見て頷く。しばらく考えこんでいたアンネだが、諦めた様に首をふるとユーリとネコの戯れを至近距離で堪能することにした。

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