悪役令嬢は自己紹介をする
残念ながら新入生入場には間に合わなかったユーリとアンネだが、名前を呼ばれる前には二人とも会場入りできた。入学式が無事終わり、生徒達は指定された教室へと移動し始める。
この学園では
己のクラスに入室し、自由席だと知るとユーリは迷うことなく教卓の前を選んで座った。他の生徒達が避けていた席へと真っ先に座ったユーリは本人の気が付かないうちに注目されていた。
ソワソワしていた生徒達が勇気を出してユーリに近づこうとした時、教室の扉が開いた。入ってきたのが
レオンの腕にアンネがしがみついていたからだ。
「レオン様。あそこの席が空いていますよ! 座りましょう」
アンネが窓際の一番後ろの席を指し示す。その席は生徒達がレオンの為にと暗黙の了解で用意していた場所だ。レオンは一度教室内をぐるりと見回すと、アンネが示した席へと移動する。その様子を周りの生徒達は固唾をのんで窺っていた。耐え切れなくなった女生徒がレオンの婚約者であるユーリに告げようと動いた。
レオンはアンネを
「レオン様。ありがとうございます」
アンネがレオンを見上げ、可愛らしく小首を傾ける。その仕草を見ていた女生徒達の顔に嫌悪感が浮かび上がった。
「いや、足が痛いのならじっとしておけ」
それだけを言うとレオンは踵を返し、アンネに背を向けた。予想と違う反応にアンネは思わず茫然とする。レオンは周囲の視線を気にも留めず、当たり前のようにユーリの隣の席へと腰を下ろした。アンネが呼び止める間もなかった。
「おい。置いていくことはないだろう」
「私が側にいると邪魔かと思ってな」
ユーリのからかいを含んだ笑みに、レオンが不機嫌そうに顔を顰めた。
「何が邪魔だ。
「まぁまぁ。それより何故かアンネからすごい睨まれているんだが……私は早速何かしたのだろうか」
せっかく、新しく友人ができたと思っていたのに————という表情を浮かべているユーリにレオンが苦笑する。
「いや? というより、まず彼女は先程のお前と今のお前が同一人物だとは気が付いていないと思うぞ?」
「なぜだ?」
「なぜって……一先ず、その格好でその言葉遣いはやめた方がいいな」
「そうは言われてもだな……」
ユーリは『悪役令嬢』なだけあって、黙っていればプライドの高い気品漂う高位貴族のお嬢様に見える。……一言でも喋ればそのイメージは壊れてしまうのだが。
そのことについては、ユーリ自身も自覚していた。
ただ、前世からの言葉遣いを直すのは存外難しく、
「おまえは俺の婚約者だという自覚はあるのか?」
苦虫を噛み潰したような表情で苦言を呈するレオンに、ユーリは苦笑いしか返せなかった。前世の記憶があるとはいえ、この世界に生まれてすでに十数年は経っている。政略結婚が貴族の義務だということは理解しているつもりだ。————だが、本音を言えば結婚したくない。
相手がレオンだから嫌だ、というわけではない。
相手が
とはいえ、最近になってようやく、結婚相手が幼い頃から知っているレオンでよかったと思えるようになった。未だにそういう雰囲気になったこともないので実感出来ていないだけかもしれないがユーリにとっては大きな一歩だった。
二人が何気ない会話をしている間。仲の良さを見せつけられていた周囲は、一部を除いて生暖かい目、もしくは興味津々な目を二人に向けていた。
担任が入室し、ざわめきがおさまると恒例の自己紹介タイムが始まった。最初に担任が自己紹介をする。次いでクラスの端から順番に自己紹介をする流れになった。
ユーリは己の番が来ると、スッと立ち上がり、洗練された動作でカーテシーをきめた。その隙の無い動きに一同は自ずと目を奪われる。
「ユーリ・シュミーデル……です。特技は剣術です。この学園では、女子は剣術を学べないと聞きました。残念ですが、その分魔法学について学びたいと思っています。よろしくお願い致します」
ユーリの言葉に生徒達が反応してざわついた。社交界で『剣聖の娘』についてどのような噂が流れているのかを思い出したからだ。
曰く、『ラインハルトの娘は、女性の身でありながら、男性顔負けな実力を持っている』と。
一部の女性や男性の中には、いくら剣聖の娘といえど女性が剣を持つなど、という批判的な意見もある。しかし、ユーリ本人は他人からの評価など気にせず堂々としていた。
「あれが、悪役令嬢ね。イジメになんて負けないんだから!」
一方、周りの話など一切聞いていないアンネはレオンと仲睦まじくしていたユーリにライバル意識をメラメラと燃やしていたのであった。
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