第9話 スーパーで発見
80%ほど眠って受けた東洋史の講義が終わり、講義室を出て歩き始めると小平君も横を付いてきた。
「恵梨香ちゃん、もう帰る?」
「はい」
「恵梨香ちゃん、どこに住んでいるの?」
私は少し警戒しつつ、
「磯子区です」と答えた。
横浜に出てきて驚いた事がある。私の住んでいる所だけかも知れないけれど、とにかく道がグニャグニャで狭くて坂も多い。
北に向かって歩いていたら知らない間に東に向かっていたなんて事もざらにある。
私の地元の岐阜の道はしっかりと碁盤の目をしていて、余程の事が無い限り迷う事も無いのだけれど、コチラでは駅から自宅マンションまでの道はいまだに一種類しか知らない。変に迷うと嫌だから寄り道などして冒険も出来ないのだ。
今はスマホがあるから良いけれど、昔の人はよくあの道を迷わずに目的地までたどり着けたものだと感心してしまう。
「じゃあ、途中までは同じ電車かな?」
まじですか?
「途中まで一緒に帰ろう」
「はあ……」
うう、緊張してしまう。男の子と一緒に通学するなんて経験があまり無いから、何を話したらいいのかわかんないし。
「小平君はどこに住んでいるんですか?」
話題に困り当たり障りのない事を訊く。
「僕は南区だよ」
わかんない。まあ、途中まで一緒と言う事は近くなのだろうか。
「実家ですか?」
「ううん、独り暮らしだよ」
「へえ、地元はどこなんですか?」
「静岡の沼津ってわかる?」
聞いたことはある。なんかのアニメの舞台だったっけ? と、そのまま質問した。
「ラブライブね、僕は観た事無いけど」
それだそれだ。私も観た事無いけれど。
「恵梨香ちゃん、岐阜だったよね? 俺、岐阜って行った事無いんだけど、どんな所なの?」
どんな所か……そう言われると説明出来ないくらい特徴がない。私の住んでいた岐阜市は一応岐阜県の県庁所在地なんだけど、商店街はシャッターが降りている店も多いし、一番の繁華街と言われる柳瀬も人通りは少ないし、買い物だって郊外のショッピングモールへ行くか、名古屋へ行っちゃうから岐阜の街で買い物なんてしないし。
うーん……うーん……と唸って腕組みをして考えて、結局、捻り出された答えは、
「田舎……ですかね」
「それじゃあ全然わかんないじゃん、ははは」と笑われてしまう。
だって本当に一言で言い表せないんだもん。
「あとは、暑いらしいですね」
「らしいって?」
「私は子供の頃から岐阜でしか住んでないから他と比較出来ないんですけど、よくニュースとかで最高気温が岐阜だったとかいうニュース見ると、ああ、暑い所なんだって思いましたね」
あくまで「らしい」のだ。それは今年の夏、この横浜で実感する事が出来るかも知れない。
「ところで恵梨香ちゃん、ずっと敬語だけど、僕たち同い年なんだからタメ口でいいよ?」
訛りが出るから嫌です。
「訛りが出てしまうので……」
「ええ! いいじゃん、僕方言話す女の子って好きだけどなあ」
簡単に好きとか言わないでよ。
「僕だって、地元の言葉とか出ちゃうし」
「静岡にも方言ってあるんですか?」
標準語だと思ってた。
「あるよ」
「でも、全然訛ってないですよ?」
「ああ、まあ発音とかは標準語に近いからね」
その後、いくつか静岡の方言を教えてもらい、あとは他愛もない会話をして家の最寄りの駅で小平君と別れた。
軽そうな人だと思っていたけれど、案外普通なのかもしれない。
ホームから出て、食材がそろそろ無くなって来た事を思い出し駅の近くのスーパーへ寄った。
買い物かごを片手に豆腐や納豆など安くて栄養のある物を選んでカゴに入れて行く。フラフラとスーパーの中を彷徨いながら総菜売り場を通りかかった時、見覚えのある人を見つけた。
葛谷さん? 葛谷さん、何故ここにいるんだろう? 家、この辺りなのかな。
私は彼に近付き観察すると、総菜コーナーで何かブツブツ言いながら商品を吟味している様だ。それより何をブツブツ言っているんだろう。私はこっそり近付き聞き耳を立てた。
「美人になーるよん、良い声でーるよん、朝から晩までコッコッコッコッコケッコー」
ミネソタの卵売りか! まさか歌を歌っているとは、本当にこの人変だ。
「葛谷さん」と、私は両拳を腰に当て、怒っている風に声をかけた。彼は首だけじゃなくて胸の前で掴んでいる商品ごと私に向きかえった。ロボットか。
「君は、葛谷テル子?」
今絶対、暁テル子と混ざったよね。まあいいや。
「何をボソボソ歌ってるんですか?」
「ああ、先程、卵を手に取った時に思い出してな」
そう言う事もあるのかも知れない……のか?
「一人でボソボソ歌っとったら変な人やと思われますよ?」
実際変な人だけれど彼の名誉の為に忠告しておく。変な人と一緒にいる私も変な人と思われるのもいやだし。
「誰にも聞かれていないだろう」
私には聞こえましたけどね。
「ところでなんでここにおるんですか?」
「買い物しているからに決まっているだろう」
ああ、そうかこの人にはちゃんと目的を明確にして尋ねないと駄目だったんだ。
「葛谷さん、なんでこのスーパーで買い物しとるんですか? ひょっとして家が近いんですか? この辺りに住んでるんですか?」
これで伝わった筈。
「よく分かったな」
普通わかるよ。
「奇遇ですね、わたしもこの近くなんですよ」
「それがどうした?」
もうちょっと喜んでよ。
ん?
あれ? なんで今、私、「喜んでよ」なんて思っちゃったんだろう。
「も、もうちょい驚いてくださいよ」
慌てて心の気持ちを言葉に変換した。
「最寄り駅が同じ位で大袈裟な奴だ」
「ええ、結構奇遇やと思いますよ?」
まあこの人とは偶然が重なり過ぎてるからこのくらいあり得るのかもね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます