第6話 再会
私は緊張しながら彼の向かいにそっと腰掛けた。
一瞬だけ彼は私を見たのだけれど、すぐにまた俯いて定食を食べ始める。
やっぱり覚えていないかな。髪も短くしちゃったしね。
彼は唐揚げを口に入れる度に少し首を傾げては何かを考える様に咀嚼している。
私はきつねうどんの汁を服に飛ばさない様慎重につるつるすする。どうしよう、思い切って話し掛けてみようか。忘れられてたらショックだしなあ。でも、この人のおかげで失恋から立ち直る事が出来たのも事実で。
「あの……」
彼は上目づかいで私を見たあと、
「なんだ?」と言った。
あの時と同じ様に冷めた口調で。だけれど、その口調が妙に懐かしくて。
「唐揚げがお好きなんですか?」
「なんだと?」
「唐揚げがおす――」
「大好きだ!」
でしょうね、知ってます。あの時と変わらない彼に嬉しくなる。
「でも、あまり美味しそうに食べてないですね」
「わかるか?」
「ええ、なんとなく」
彼は箸を置き、お茶を一口飲むと、
「道端をゲロの魔の手から救った僕が高見君だった時代に観てもいない花火の後で、とびきり美味い唐揚げを食べたんだ」
いろいろ設定おかしいよね。なんですか高見君だった時代って。私だから理解出来たけど、他の人なら絶対意味不明だよそれ。それに食事中にゲロとか言わないでよ。
「その後も色々な唐揚げを食べたんだが……」
毎日食べてそうだわこの人。
「あれを超える唐揚げに出会えていない」
お母さんが作った唐揚げ、そんなに美味しかったんだ。
「そんなに美味しかったんですか?」
「この学食の唐揚げが地上にいるくらいにな」
? 今の例えはどういう意味だろう。
「地上にいるですか?」
「そうだ」
適当に流した方がいいのかな。
「じゃあその美味しい唐揚げはどこにいるんですか?」
「もっと高い所だ」
美味しさを高さで表現したんだね。
「へえ、食べてみたいな、その唐揚げ」
「一つやる、食え」
え? その唐揚げの
「いえ、結構です」
「なぜだ?」
普通、初対面の、あ、初対面ではないけれど、一応今の設定上は初対面の人の食べかけの唐揚げを食べないでしょうに。
「ええと、頂いちゃったら悪いかなと……」
「そんなに美味くない、遠慮するな、食え」
そんなに美味しくない物を寄越すな。
「本当に結構です」
「そうか。うどんだけで足りるのか?」
本当は足りないけれど、節約のためだから仕方がない。
「そんなにお腹空いていなくて」
「では衣だけやろう、食え」
なんで衣だけ剥がして食わすのよ。
「衣だけなんていりません」
「安心しろ、唐揚げの衣は簡単に剥がせない」
じゃあなんで提案した。
「トンカツは剥がせるがな、はっはっはっは」
相変わらず面白くない所でツボるな、この人。
「失礼な人ですね」
「君がマトモなんだ」
ツッコみたいけど何故かツッコめない。
「普段はおにぎり握って持ってきてキャンパス内で食べてるんです」
「どこかに穴でもあるのか?」
へ? 穴?
「穴ですか?」
「穴におにぎりを入れるんだろう?」
それ、おむすびころりんじゃん。
「違います、自分で食べるんですよ」
「赤ちゃんでも欲しいのかと思ったぞ」
いつかは欲しいけど、そんな方法で手に入れたくありません。と、思って正規の方法を想像して顔が赤くなった。
「どうした? 赤いぞ」
はっきり指摘しないで。
「一ついい事を教えてやる」と言って辺りの様子を覗った。このフリ、絶対ろくでもないこと言うやつだ。
「なんですか?」
「赤ちゃんが欲しいならおにぎりじゃあダメだ」
ふざけんな!
「そんなこと――」わかってますと言いかけて慌てて口を手で押さえた。わかってるけど、わかっている事をわかってほしくない。
「下品な事言わないでください!」
「どうした?」
どうしたじゃないよ。
「今日は寝坊しちゃって、おにぎり作る時間がなかったんですよ」
ようやく、脱線した話を元に戻した。そもそも脱線していたのかすら判らないけれど。
「だらしのないやつだな」
まあ、実際そうやけど。
葛谷さんは食べかけの唐揚げ定食を再び食べ始めた。
私はちょっとカマをかけてみることにする。
「ねえ、葛谷さん」
「なんだ?」
あれ? 普通に返事した。てっきり、何故名前を知っている? って言われると思ったのに。
「あ、いえ……」
「変なやつだな」
あなたがね。
「ねえ、葛谷さん」
「だからなんだ?」
「さっき言ってた、美味しかった唐揚げってどこで食べたんですか?」
「君はアホなのか?」
なんでや?
「君の家でだろう?」
「え!」
覚えててくれたの?
「覚えててくれたんですか?」
「あんな美味い唐揚げを忘れる訳がなかろう」
私は唐揚げのついでなのね。
「あ、じゃあ、わたしの事も覚えてます?」
「失恋して盛大にゲロを吐いていたじゃないか」
「吐いてません!」
「あのビニール袋は役に立たなかったのか」
ああ、あれ。
「へんな遊びに使うヤツですか?」
「試したか?」
するわけねーだろ!
「そんな遊びしません!」
「意外だな」
どんな印象なのよ私。
「葛谷さんと一緒にしないでください」
「僕だってしない。失敬だな」
「それはそうと同じ大学だったんですね」
「それがどうした?」
もうちょっと感動してよ。
「すごい、偶然やなって」
「おい、
「葛谷さんにならええやないですか」
もうこの人には敬語すら必要ない気がするし。
「ねえ、葛谷さん」
「なんだ?」
「あの時は本当に助かったんですよ。もう本当に悲しくて、家にも帰れえへんくて、どうしようと思っとったのに葛谷さんのおかげであの日を乗り切れたし、失恋から立ち直るのも早かった気がするし」
「別に慰めた訳では無い、気にするな」
だけど、あなたのおかげで本当に救われました。
「あ、そや葛谷さん」
「なんだ?」
「私の名前覚えてます?」
「君は確か、妹と同じ名前だったな」
「うんうん」
「……ええと……」
なんで妹の名前がすぐ出てこんのや。
「……えりか……か?」
妹の名前そんなに自信無いの?
「そうです。
「半年に一度しか会わぬゆえ」
あ、でた、侍。
「半年会わへんかったら名前忘れるっておかしないですか?」
「思い出しただろう」
そもそも妹の名前を思い出すって言う表現がもうおかしいとおもうのだけれど。
「ああ、それより」
「はい?」
「あの後、母上には失恋の報告はしたのか?」
「はい……まあ、1ヶ月くらい経ってからやったですけど、一応、しました」
「そうか」
実際はフラれたなんて言えずに、ただ別れたって言っただけなんだけれど。
「あの時、母上はまた食べに来いと言っていたが、いいのか?」
え! 確かに言ってたけど。
「それはあかんです」
「何故だ?」
「だって、替え玉やったってバレるやないですか」
「もう、僕の顔など忘れているだろう」
顔は忘れたかも知れないけれど、あなたのキャラは絶対忘れてないと思う。
「葛谷さんって喋り方とか、佇まいが独特というか、個性的やないですか。きっと覚えてますよ」
「そうか、残念だな。あの唐揚げをもう一度食べたかったのだが」
力になって貰ったから申し訳ないな……。
「あ、そや! わたしが唐揚げ作りましょうか?」
「なんだと!?」
と、言ってから迂闊だったと気付いた。作ると言う事はどちらかの家に行くと言う事だ。
「あ、でも、やっぱアカンかも」
「なんだと?」
悪い人ではないと思うけど、やっぱりまだ完全に信用してはならない。と思う。
「あ、唐揚げの作り方をこれから勉強しますので、もうちょい待っといて下さい」
「なるほど、ならば仕方ないな」
咄嗟にでまかせ言ったけど誤魔化せたようだ。
「あ、そや、葛谷さん」
「なんだ?」
「連絡先教えてください」
「090-××××-○○○○だ」
え! ちょちょちょ、口で言わないでよ。
「ああ、もう! ちょっとスマホ貸して下さい」
私は葛谷さんのスマホを奪うと自分のスマホにコールし、ついでに私の番号を登録しておいた。
「ほんなら、作り方覚えたらまた連絡しますので」
「うむ、宜しく頼む」
あ! もう時間だ。
「葛谷さん、もう時間なんで行きます」と言って慌てて席を立つ。
「さらばだ葛谷君」
葛谷さんに葛谷君ってなんか紛らわしいな。そんな事を考えながらその場を後にした。
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