第4話 唐揚げ



 駅から自宅までの道を葛谷さんと並んで歩いた。花火帰りの人達もいて普段よりも街は賑やかだ。


 葛谷さんが隣にいてくれるので浴衣姿でもやっと違和感が無くなってきた。隣の男性が黒い背広ってどうなのって思うけれど。しかもボストンバック持ってるし。


「葛谷さん、そんなスーツ着て暑くないんですか?」

「暑いに決まっているだろう」

 ですよね。1年生だから就活してる訳じゃ無さそうだし。


「汗が出てきた。先程のハンカチを貸せ」

 え? 鼻水拭っちゃったけれど。


「さっき、涙と一緒に鼻水拭っちゃいましたよ」

「構わん、寄越せ」

 私が嫌なんです。仕方なく私は自分のハンカチを手渡した。


「これ使って下さい。綺麗ですから」

 あなたのとは違ってとは言わずに。


「かたじけない」

 だから侍かって言うの。


「普段からスーツなんですか?」

「1年中スーツだ」

「スーツが好きなんですか?」

「着る服を考えるのがメンドクサイだけだ」

 なるほど。それは解るかも。今は私も制服だから毎朝考えなくてもいいけれど、大学生になったら毎朝服を考えるの大変なんだろうな。


 そうこう歩いているうちに自宅が見えてきた。


「葛谷さん、大丈夫ですか? 高見純也ですよ」

「問題ない」

 その自信が余計不安なんですけど。


「高校3年生ですからね」

「解っておる」


 私は葛谷さんの腕に自分の腕をそっと絡めた。

「なんだ?」

「いや、だって私達恋人同士なんですよ」

 今夜だけだけど。


「それもそうか」と言った葛谷さんは心なしか耳が赤くなっている気がした。


 私は玄関のインターホンまで指を持って行き、「いい?」というアイコンタクトをした。

 葛谷さんは無言でうなずく。


『ピンポーン』


『はい』

「高見だ」

 ちょっと、なに勝手に応答してんのよ!


「あ! お母さん、私、じゅ、高見君連れて来たよ」


「葛谷さん、わたしが話すからしばらく黙ってて下さい」

「何故だ?」

 面倒くさい事になりそうだから。


「とにかくお願いします。バレたら嫌やし」


 玄関のドアが開きお母さんが顔を出した。


「こんばんは、初めまして、恵梨香の母です」

「……」

「あ、お母さん、彼が高見君」

「こんばんは、初めませて、恵梨香の母です」

「……」

 おい、なんか言え。私は彼の横腹を突く。


「なんだ?」

「ほら、自己紹介」

「黙っていろと言っただろう?」

 融通効かない男だな。私は彼の袖を引っ張って少し後退する。


「もういいから。普通に接してください。あ、高見君としてね」

「解っておる」


「あ、お母さん、彼が高見君」

「お初にお目にかかる、高見だ」

「恵梨香の母です。よろしくね」

 なんかめちゃくちゃ不安になってきた。


「まあ、背が高くて男前やね」

「君が低いんだ」

 私は彼の足を桐下駄で思いっきり踏んずけた。


「っ、なにをする?」

 私は再度彼を引っ張って少し後退し、

「もう少し喋り方なんとかならないんですか?」

「無理だ」

 でしょうね。これはもうお母さんに納得してもうしかないか。私は葛谷さんをその場に残しお母さんに耳打ちする。


「彼、ちょっと偏屈な所があって、喋り方が変やけど、でも悪い人やないから」

「そうやね、ちょっと変わっとるね。まあでも大丈夫やよ」

 私は葛谷さんを手招きした。


「じゃあ中に入りましょう」

「失礼する」

 彼は玄関に上がるとちゃんと靴の向きを自分で変えた。へえ、ちゃんとしてるんだ。


「高見君、ここに座って」

「うむ、かたじけない」

 侍か。なんか座ったついでに刀とか床に置きそうな佇まいだな。


「花火どうやった?」

「なんだと?」

「すごい良かったよ! ねえ! 高見君!」

 危ない。私は目でアイコンタクトを送る。なんだ? って顔してるけど気にしている場合ではない。


 もうとっとと唐揚げ食わせて帰らせるしか無さそうだわこれ。


「お母さん、唐揚げは?」

「はいはい、今持ってくで待っとって」と言ってキッチンへ向かった。


「葛谷さん、花火は見た事にしておいて下さい」

「そうか」

 なんかもっと他に注意しておく事なかったかな。


「ようけ揚げといたで沢山食べてね」と言ってお皿いっぱいの唐揚げが出てくる。

 隣で「ゴキュ」と聞こえた。本当に好きなんだな、唐揚げ。


 お母さんが小皿と箸を持ってくる。


「さあ、どうぞいっぱい食べてね」

「うむ、頂くとしよう」

 葛谷さんは唐揚げを一つ摘まむと口へ運んだ。その様子をお母さんは「どうかしら」、私は「変な事言わないでよ」と言う顔で固唾を飲んで見守る。


「うまい!」

 よかった。


「どんどん食べやあね、ご飯もあるでね」

「くず、高見君、ご飯も食べる?」

「うむ、頂こう」


 葛谷さん、本当に唐揚げが好きなんだな。それにしても凄い食べっぷり。ヒョロっとしている割にすごく食べるんだね。なんか見ていて気持ち良い。生物的な強さを感じるっていうのかな。男の人ってやっぱり違うなあ。


「どうした? 食べないのか?」

「あ、うん、いただきます」と言って両手を合わせた。食べてる姿に見惚れちゃった。


「母上、ご飯をあと2杯頂けないだろうか」

 ぷっ! 2杯? 前もって頼んでおくの?


「前もって2杯頼むんですか?」

「母上に何回も席を立たせるのも恐縮だろう?」

 それはそうだけど。


「あ、ほんならどんぶりによそおうか?」

「なんだと?」

「その方が食べ応えがあるやろ?」

「ではそうしてもらおう」

 すごい食べるなあ。


「おい、それより、これ全部食べてもいいのか?」

「はい、くず、高見君の為に用意したものなんでどうぞ」

「遠慮はしないぞ?」

「どうぞ」


「君の母上は唐揚げの天才だな」

 褒められているんだろうけど、なんか微妙。


「父上の分は残しておかなくていいのか?」

「あ、お父さんは亡くなったんです。私が6歳の時に」と言うと、葛谷さんの箸がピタっと止まった。

「なんだと? それはすまない」

「いえいえ、大丈夫ですよ?」


「はいどうぞ、どんぶり」と言ってお母さんがどんぶり飯を持ってきた。

「かたじけない」


「あら、もうこんなに食べたの? 作った甲斐があったわ」

「君は唐揚げの天才だな」

 ちょっとお母さんにまで君って言わないでよ。


「うふふ、ありがとおおきに、そう言われると嬉しいもんやね」

 まあ満更でも無さそうだからいいか。


「高見君、本当に男前やね」

「君の目が悪いんだ」

 ふざけんな。黙ってればカッコいいのにホント勿体ない。


「まあ、謙遜して、でも本当やよ」

「悪い気はしない」

 食事が喉を通らないよ。


 そんなこんなで食事をしていたらすっかり唐揚げは無くなった。あんなにいっぱいあったのに。


「高見君、唐揚げ足りた?」

 食器を片付けながらお母さんが葛谷さんに聞いた。


「君の唐揚げならまだ食えたな」

 すっかり君呼ばわりされてお母さんも少女の目になってるよ。頭痛い。


「嬉しいわあ。残さず食べてくれる事が作ったもんの幸せやでね。また食べに来やあね」

「なんだと?」

 今のは絶対「また食べに来てね」に反応したな。でも葛谷さんはきっとすぐに横浜に帰っちゃうだろうしなあ。


「あ、お母さん、高見君は勉強とかで忙しいから無理に誘ったらあかんて」

「何を言っている?」

 ちょっと、話合わせてよ、と言う意味のアイコンタクトを送る。


「あ、そうだな、また機会があれば宜しく頼もう」

 はあ、本当に疲れた。




「ほんなら高見君、またね」

 玄関でお母さんの見送りを受けて私は葛谷さんと外に出た。


「葛谷さん、本当にありがとうございました」

「気にするな。あの唐揚げは絶品だった」

 気にいってもらって良かったよ。


「あ! そうだ、葛谷さん、お正月は帰省されるんですか?」

「正月は帰らない」

 そうなんだ……。何故だろう、少し胸がキュッとした。


「ああ、君」

「はい」

「失恋は時間薬だ。時が経てば思い出に変わる」

 結構ロマンチストなんだろうか。でもその言葉が心に響く。


「大学に入って良い出会いを見つけろ」

「はい」

 っていうか、もう男なんて信じられないんだけれど。しばらく恋はこりごりだ。


「じゃあ、元気でな」と言って長い足を颯爽と振るい歩き出した。私は彼に深々とお辞儀をした。


 葛谷さん、ありがとう……


 あ、連絡先くらい訊いておくんだった。慌てて追いかけるも既に彼の姿は無かった。 

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