第8話 私って何?
探偵社に戻って
与謝野はにんまりとして敦の治療に向かう。
敦が瀕死になったあの衝撃と、何も出来なかった悔しさ。そして、自分だけ無傷で帰ってきてしまった申し訳なさが、ずぅっと胸の中を渦巻いていた。
「あの、芽吹ちゃん。大丈夫?」
谷崎が心配して声を掛けてくれた。その隣には、ナオミの姿もある。けれど、
「…………敦は?」
「敦くんなら、今しがた治療が終わッたところだよ」
「…………無事なのけぇ?」
「
「…………そぅ」
谷崎達は、それ以上何も云わずに離れた。
「…………何で
──あの時、怪我をしていたのが敦ではなく、
握っていた拳銃を、迷うことなく撃っていたなら。未来は違ったんじゃないだろうか。
「…………
「代わりに怪我をしようと、未来は同じだ」
顔を上げると、如何にも探偵、といった格好の男が立っていた。棒付きの飴を口の中で転がし、
「単に線路が切り替わるだけ。その先で交わる場所が同じなら、どっちがどうだなんて、この小説と同じくらい下らない!」
「それ、
「最初の五行で犯人が分かるなんて、こんなの
彼こそが、探偵社で一番の異能力者、
探偵社に書類を届けた日、開口一番に「変な言葉遣いだな」と云われた。
ちゃんと猫を被って敬語を使ったのに、初見で看破されたのだ。この人は一体どこを見ているのだろうと思った。
「乱歩さん」
「別に君を励ましに来たつもりは無い」
「じゃあ、何しに来たんじゃ」
放り投げられた本を受け取り、
乱歩は一秒くらい
「敵の異能者に何と云われたんだ?」
その質問に、
乱歩は「国木田に聞いた」と、話を続けた。
「いや、『何と云ったんだ?』が、正しいな」
誤魔化しても良かったが、彼にそんな手は通用しない。
「……
そう呼んだら、ずっと笑っていたリンは怒った。
まるで、触れられたくない物に、指先が当たったかのように。
彼は怯えていた。彼は怖がっていた。あんなに怒って、欲しがっていた
「……『お人形さん』。リンは
「ふーん。まぁ、気持ちは分かるがな」
乱歩はそう言うと、
「君は何事にも無関心だからな」
ドキッ……なんて音が、聞こえてきそうだ。
乱歩は飴を転がしながら、その理由を話し出す。
「君はここに来てから、ずっと同じ行動
「それが、何だって言うのサ。やる事ないから、そうするしかない。分かるかい?
「そうだな。けれど、探偵社の誰かに話しかけられても、君は声の高さが変化しない。人の感情表現は表情だけじゃない。感情は声に一番よく表れる」
「君は話の内容に『適した感情』を、『それらしい表情』で表してるんだ」
──誰にも、知られたことの無い秘密を、乱歩は
乱歩はケロッとして棒付きの飴を口から出して、軽く振り回した。
「僕からすれば、君も『ハートレス・ドール』だと思うけどね」
乱歩は云うだけ云って、去ってしまった。
感情なんて、ただの
私物を取られたら、眉間に皺を寄せて、大きな声を出す。
楽しい話題には、頬を上げて、口を半月型にする。
悲しい時は、眉を下げて声を小さくする。
それだけで全て事足りる。
他人が
乱歩に『
(そりゃあ、『お人形さん』だいなぁ)
医務室のドアが開いた。
げっそりと
「あ……敦…………」
「笹舟渡さん、治療は?」
「あ、
偶然助かっちゃいました? こんなこと言えるはずもない。
不安を和らげようと、自分の手を握った。
「……自分でも、分からんのよ。何か……気がついたら、敦倒れてるし……
本当は、助かるなら敦の方が良かった。
本当は、直ぐにでも止血等の応急処置が出来たら良かった。
何も出来なかったから、
「無事だったんですね! 良かった!」
けれど敦は、
その屈託のない笑顔に、
「……ごめんなぁ。何も出来んで」
「あの場で咄嗟に動ける人なんて、中々いませんよ」
彼の裏表のない言葉に、どんな表情をすべきなのか、
(……
その問の答えを、教えてくれる人はいない。
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