悠久の愛、そして僕にできるコト
入賀ルイ
一日目 僕にできるコト
「・・・余命宣告、だってさ」
「えっ・・・?」
病院の診察室から出てきた僕の彼女は、
余命宣告。文字名の通り、死までのカウントダウン。それを瑞希は医者に告げられたという。
当然、それが信じられなくて僕は焦りを前面に出しながら問う。
「本当に、余命宣告なの? 本当に、瑞希は・・・!!」
「うん。心臓がもうだめになっちゃってるって」
「他の病院に行ってみて、もう一回再検査とか・・・!」
「しない方がいいと思う。・・・もっと悪いこと告げられたら、どうするの?」
「だって・・・そうじゃないと・・・!!」
急に彼女が余命宣告を告げられて、納得する彼氏がどこにいるだろうか。
僕は目の前の現実を受け入れることが嫌で嫌で、何度も次の言葉を探す。当然だ。瑞希とこんなところで別れたくなくて。
でも、途中で力尽きた。
というより、そうやって逃げる言葉を探すことが、何よりも目の前の瑞希を傷つける行動だって、気が付いた。
だって、瑞希はもう、覚悟を決めていたのだから。
震える口先で、僕は瑞希に尋ねる。
「・・・余命、どれくらいって言われたの?」
「・・・一か月、かな」
今度ばかりは瑞希は悲しげに俯いて、小さく吐き捨てるように答えた。覚悟していたって、辛い現実には変わりない。
「延命、出来るって?」
「一応、お医者さんからは提示されたよ。手術と投薬。まあそれでも、もって三年だって言われてるけど」
三年。
少なくとも、それが僕が瑞希と一緒に居られる時間制限ということは分かった。
しかし、そんな僕の希望を粉砕するように瑞希は笑って答えた。
「延命はしないよ」
「・・・えっ?」
「延命治療はしないよ。・・・だって、苦しいんでしょ? あれ。それをして少しでも長く生きて、私は何を得られるの?」
「・・・でも、それじゃあと一か月しか・・・。僕は、瑞希のことが、好きなのに・・・」
動揺のあまり、思ったことを言葉にすることが出来ない。好きという言葉は伝えても、一緒にいたいという願いを言葉にすることは出来なかった。
瑞希はその笑顔をほんのりゆがめて、困ったように眉を顰める。
「・・・死が待ち受けている、どうにもならない彼女でも?」
「構うもんか!!」
僕は所かまわず大きな声で叫ぶ。誰もいない廊下には、張り裂けそうな想いを込めた叫びがこだました。
急に大声を上げられたことへの驚きか、瑞希は口に手を当てて言葉を失っていた。
でも、最終的にまたいつもの微笑みに戻って、僕に語り掛けるように答えた。
「・・・それじゃ、尚更延命なんてしたくないなぁ」
「なんで・・・!?」
「だって、長い間苦しんでるところをアキ君に見せたくないし、それに、もし私のことを思ってくれてるなら、そんな苦痛に満ちた長い時間よりも、最高に輝いてる今を過ごしたいから。だから、そうしてほしい。・・・だめ、かな」
ここでようやく気付く。
ああ、本当に僕ってダメなやつだ。なんだかんだ喚いて、結局自分の都合や願い鹿押し付けてなかったんだ。
本当に瑞希のことが好きなら、瑞希の好きなようにさせてあげるのが一番だろ。
熱くなりすぎていた頭を冷やすために、僕は一度大きく息を吸って、吐いた。そうしたら、今僕が言うべき言葉がちゃんと見えてきた。
「分かった。・・・それが本当に瑞希の望むことなら、僕は全力でその隣にいるよ」
「・・・そっか。嬉しいな」
「ただ、一つだけ僕からのお願い事、いい?」
「いいよ。わがまま言うだけの彼女ってのも、嫌だし」
拒まない瑞希の笑顔を確認して、僕はちゃんと願いを口にする。
「・・・瑞希、僕と結婚してくれ」
所かまわず、僕は瑞希に愛の告白を行った。忘れてはいけないが、ここは病院だ。
でも、瑞希と一緒にいることが出来る残り時間があと一か月しかないのなら、今こうして悩んでいる一分一秒でさえ惜しく思えた。
瑞希はまた困ったような表情を浮かべている。でも、その表情はどこか嬉しそうにも思えた。
しかしすぐにその表情が歪んだかと思うと、唐突に瑞希は泣き出した。
「うっ・・・ぐずっ・・・!」
「瑞希?」
「こんな私でも・・・いいのっ・・・!?」
張りつめていた緊張の糸、もしくは押しとどめていた感情の堰が切れたのだろう。瑞希は大粒の涙をボロボロと流し始めた。
そんな、止まらない涙を必死にぬぐう瑞希を、僕は優しく抱きしめた。大丈夫だよと告げるように、ポンポンと背中を叩く。
「僕が好きになった人はさ、どこまでも素敵な人なんだ。その人が病気の一つや二つ持ってても、一か月しか生きられない体でも、僕がその人を好きにならない理由にはならないんだよ。・・・ずっと一緒にいたい。神に許された時間が、どれだけわずかでも、僕は瑞希と一緒にいたい」
言いたいことを全て言い切って、ようやく僕の心の曇りは晴れた。
瑞希の命があと一か月で終わる。その、どうしようもならない、僕の胸を痛める事実が変わることはないけれど、それと向き合う決心が、僕もようやく出来た。
瑞希はやがてしゃくり声を潜め、今度こそ涙を拭って、まだ赤い目元を僕に見せながら宣言した。
「・・・私、アキ君と結婚したい。あと一か月の命でも構わない。・・・最高の時間をアキ君と過ごしたい。最後までエスコート、してくれる?」
「まかせて。・・・絶対に、幸せにして見せるから」
僕の言葉に安心したのか、瑞希はまた笑んだ。そして、僕の手を取って続ける。
「あとね、もう一つだけ約束。・・・私、もう絶対に泣かない。絶対に、泣かないから」
キュッと唇を結んだ瑞希の表情から、ひしひしと覚悟が伝わってくる。変な言葉をかけるだけ馬鹿だと気づいて僕は一度だけしっかり頷いた。
「・・・うん、分かった」
あと、どれだけ僕はこの笑顔を見ることが出来るだろう。
どれだけ瑞希の言葉を聞くことが出来るだろう。どれだけ、同じ幸せを共有できるだろう。
そんなことばかり考えてしまう自分を殴りつけて、僕はしっかりと瑞希と向き合おう。
やがて来るその別れの日は、きっと笑顔で迎えたいから。
僕と瑞希はこの日、家に戻ると急いで二人で結婚届を役所へ提出した。
そして僕と瑞希の、一か月の結婚生活が今、始まる。
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