〈4〉
新学期一日目の授業は、国語、数学、英語、情報だった。このクラスは午前授業のみで、午後は『生活体験クラブ』というデイケアサービスに変わり、音楽鑑賞をしたりDVDを観たりする。一番多いのは『ふれあいトーク』という自己紹介のようなスピーチで、自分の好きなものや、はまっている趣味などを打ち明けるのである。
一般クラスよりも一時間早めに学校は終わり、生徒たちはほとんどどこにも寄り道せずに、まっすぐ帰る。中には親が車で迎えに来てくれるケースも少なくない。
夕莉と翠は両親が働いているので、夕方の家事をするために家に直帰する。誰かと遊んで帰るなどという発想は、今まで一ミリもなかった。
それが今、二人のそばに歩いている女子生徒が一人。
「青花さんたちはどこに住んでいるの?」
佳純がふんわりと笑って、当たり障りのない質問を口にした。
「モノレール線のところ」
夕莉が黙っていると、翠が代わりに答えてくれた。
「わりと遠いね」
「でも三、四十分くらいだから」
翠が佳純に話を合わせているのを見て、夕莉はますます縮こまってしまう。佳純は空気を察したように「私はバスなの。また明日ね」と爽やかに答えると、バス停のほうへ歩いていった。
佳純の後ろ姿が遠くなると、翠があきれたように夕莉を振り返った。
「お前、もっとシャキッとしろよ」
「……うん」
「うじうじオドオドしているから、皆に舐められるんだよ」
「……ごめん」
翠は溜め息を一つ吐き、「まあ今回は大丈夫だと思うけど」と言って先を歩いた。夕莉も後ろについてくるように足を運ぶ。二人は肩を並べて、真昼の春の日差しに照らされながら、帰り道を進んだ。
伊織佳純は悪い人間ではなさそうだと、夕莉は自分の心に言い聞かせていた。
○
翌日の体育の授業はバスケだった。
夕莉はいつものように見学で、体育館の隅っこに正座していた。翠と佳純は出席している。この授業も一般クラスのような本格的なものではなくて、仲間とパスの練習をしたり、シュートを入れる回数を競ったりする程度だった。
しかしそのレベルの運動も、夕莉はこなせない。昔から身体を動かすと、決まってひどい頭痛に襲われるからだ。
今もズキズキと鈍い痛みがうずいている。体育館の中は熱が溜まっていて、埃臭くて暑いくらいだった。夕莉は制服のブレザーを脱いで膝にかけ、ベスト姿になった。あらかじめ持っていた保冷剤を側頭部に当て、時間が過ぎるのを待つ。翠は華麗にシュートを決めていた。佳純もほかの女子と楽しそうにパスを回している。
「おい青花、大丈夫か?」
体育教師がちらりと視線をやって、夕莉に声をかけた。かなりひどい顔色なのだろう。教師は心配そうな顔をしていた。
「すみません、保健室行ってもいいですか?」
「そうしなさい」
夕莉は一言断わり、プレイ中の皆の邪魔にならないよう、そろそろと動いた。
体育館を出て、廊下を渡り、一階の保健室へ向かう。移動教室に使う施設は、デイケア組と一般クラスに分かれていない。すべて一緒だ。今日のように体育館や保健室など使う場合は、一般クラスの生徒と出会うことになる。それが緊張したが、使わないわけにはいかないので、仕方なく行く。
一階に着いて、デイケア組の教室の道にある、保健室の扉を開いた。微かな薬品の匂いと、落ち着いた色合いの部屋に、どことなくほっとした。
ここの保健室はかなり大きい。ベッドが全部で五台あり、間隔も広く開けられている。休憩スペースは十人ほどが座れる、長方形の真っ白なソファーがあり、女性の保険医二人が、受けつけのように入り口付近のデスクに座っている。
保険医の一人が「頭が痛いの?」と、すぐに夕莉の状態を察してくれた。
「はい。ちょっと」と言うと同時に、右側頭部がズキンと激しく痛んだ。
「一年の青花です。あの……。頭痛もちで、これからたくさんお世話になると思うんですけど」
言葉を濁しながらそう告げると、保険医は、
「実はベッドが空いてなくてね。どうしましょう。ソファーで横になる?」
と困ったように視線をうろつかせた。デイケア組の子が使っているのだろうかと思いながら、「じゃあそうします」と言って、ソファーに座った時だった。
「ベッド空きましたよ」
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