第6章 マーちゃん、出番だってよ。そろそろ来ると思ってた。かなし……。

第19話:愛の裏側。背中から汗が止まらん。何もこんな田舎にまで……。

その暗示は早い段階で現実のものになった。

さすがはネット社会。

その脅威きょういはこんな高知の田舎町にまでグイグイ忍び寄ってきた。

東京のとても有名な芸能事務所がわざわざ高知の片田舎までマーちゃんをスカウトしに来た。

「高知の○○町に物凄い美少年がいる」

「高知市からちょっと離れた町に超イケメン中学生がいる」

とネット上で噂になっていたらしい。

当然だろうな……。

毎日見てる私でさえ、毎朝毎朝会うたんびに「なんて可愛いんだろう」って溜め息つくんだから。

マーちゃん、どうやら出番が回ってきたらしいよ……。


 それは、マーちゃんちのスナックで石川翔と沢田唯人を入れて四人で勉強の進み具合を話し合っているとき……。

「ここだよ、ここ」

外で何やら同じ中学の連中数人がニヤニヤしながら無責任にはやし立てる声がザワザワと聞こえた。

そして、昼日中ひるひなかのスナックに、突然、扉が開いて、シュッと垢抜あかぬけたスーツを着た細身ほそみの女性が、

ペコペコと、だけどスッと鮮麗せんんれいな身のこなしをして店に入ってきた。

東京の芸能事務所のスカウト・川上晴菜26歳で、

軽くアップにしたゆるいウェーブの掛かったヘアスタイルが、

四国の女性らしからぬ洗練された都会人のオーラをキラキラと放ち輝かせていた。

「時岡将義さんのおたくはこちらですか?」

「はい」

客商売に慣れているマーちゃんは冷静に答えた。

私と石川翔と沢田唯人は川上晴菜の見たこともないモダンな雰囲気に完全にまれてしまって、ただ茫然と見ているだけだった。

「私、東京で芸能プロダクションのスカウトをやっております川上でございます。宜しくお願いします」

川上晴菜はそっと丁寧にマーちゃんに名刺を渡して、実にソフトな口調で解かりやすく順序良く紳士的に今の事情を説明し始めた。

とは言うものの、解かりやすいもへったくれもなく、

要は、東京へ来てアイドルなり俳優なり、とにかくウチのプロダクションに入って芸能活動をやらないかという単純明快な一つの目的でしかなかった。

石川翔と沢田唯人は狂喜して話を聞いていたけど、マーちゃんは浮かない顔をして川上晴菜の説明に耳を傾けていた。

その浮かない理由は、同じ母子家庭の私には一発で理解できた。

マーちゃんは、澄ちゃんとお店のことを考えているに違いなかった。

これは母子家庭の人間にしか解からない親子二人を寄せ合って生きてきた者の複雑な心境だった。

東京へ出るということは澄ちゃんと別れ、店の手伝いを放棄することであり、

そして、この歳でこの田舎町から東京に行き、そしていきなり社会に出るということはそれなりの覚悟が必要なわけで……。

そしてやっぱり地理的な要素というのはかなり重要なわけで、

これが関東圏の少年だったら、そんなに深く悩むことではないんじゃないだろうかと私なりにマーちゃんの心をはかった。

でも、推察できるのはそこまでで、

一番重要な「マーちゃん自身にアイドルになりたい気持ちがあるのか?」ということは当然分からない。

これはマーちゃんしか分からないこと。

そして、私たちには極めて探りにくい。

普段無口で、そんな人並みの欲求なんてこれっぽっちも見せないストイックなマーちゃんが、芸能人になりたいなんて華やかな気持ちを持っているかどうかなんてさっぱり見当が付かない。

マーちゃん、何考えてるんだろうなあ……。

〝気の毒イケメン〟として一応名刺をもらった石川翔と沢田唯人はキャーキャー言って喜んでいたけど、マーちゃんは終始黙ったままだ。

「では、親御さんとよく話し合われてご連絡下さい」

川上晴菜はマーちゃんの写真を撮って帰って行った。

マーちゃんは、どうせネットで騒がれてるんだからと、諦めて写真を撮らせた。

石川翔と沢田唯人は率先して写真に写ろうとしたが、川上晴菜が丁寧に断りを入れた。

明らかにマーちゃんを特別扱いしているという、マーちゃんへのアプローチだった。

マーちゃんはあくまでも落ち着いた態度で黙っていた。

マーちゃん、すごいなあ……。

やっぱりマーちゃんの美貌は東京の人も認める本物だったんだ……。

私は改めてマーちゃんの美男子ぶりにドキッとした。

と同時に心が割れそうなくらい激しく痛い嫉妬しっと心に襲われた。

社会に対して、都会に対して、美しい物を好むすべての人間に対して……。

クールな川上晴菜においては殺意に近い憎悪まで抱いたほどだ。

川上晴菜は私が見た初めての大人で女性で都会人だった。

胸が痛い……。

私のマーちゃんが遠くに行ってしまう。

せっかく4年間のブランクを破ってまた昔のように心を寄せ合うことができたのに……。

私の大好きな幼馴染みはどこへ行ってしまうのだろうか……?。

ぼんやりした、でもどこか鋭い未来への不安をいだきながら私たちは試験勉強を再開した。

ほとんど何も頭に入らなかった。

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