クーデター

 その後も、小さいおじさんは度々私の夢に現れた続けた。その行動はほぼワンパターンで、愚にもつかない説教をがなり立てるばかりだ。そのままだと五月蠅いし、フォークで突き刺したりすると体液を噴き出して気持ち悪いので、私は輪ゴムでさるぐつわを噛ませてから机の引き出しに放り込んでおくことにした。


 正直、この元上司と思しき人物のお説教には耳が痛いところもあった。

 工藤課長が出世をしないまま役職定年を迎えた時に、直属の部下であった私は、彼の仕事を引き継いで課長のポストに就いた。私なりに仕事に自信を持っており、工藤課長を超える実績を上げる自信もあったし、さらに上のポストを目指す、出世欲も持っていた。

 

 ところが、私が課長になって間もなく、クーデターが起きた。政権を奪取したのは、いつのまにか政財界はおろか、警察や自衛隊にまでもその勢力を伸ばしていた新興宗教団体だった。イスラム原理主義のような、あるいはいつぞやのオウム真理教のような、意にそわない人間に対してはテロ行為も辞さない、そんな連中だった。

 政策はその教義に基づいたものに転換された。その根底の思想は自給自足であり、保護貿易的な政策が推し進められ、経済活動には様々な規制が課された。当然の帰結として、景気はあっという間に減衰した。

 

 貿易会社である当社の活動にもさまざまな制限が設けられ、同時に監視体制がとられた。規制に違反すると宗教警察が治安維持と称してやってくるような事態になった。

 世界の趨勢に背を向ける保護貿易と人権を無視した治安維持については、国連を始め様々な国際機関で議論され、非難の対象ともなったようだが、報道管制が敷かれたため、国民には十分な情報が伝わってこない。国連としても、所詮は一国の内政の問題であるため、非難の声明を出す以外、なすすべもなかったようで、日本は江戸時代のような鎖国状態になってしまった。 


 この会社で業績を上げようとすると、新政府の規制に抵触する可能性が高い。当局に目をつけられてわが身に災いがふりかかってもかなわないので、私は、工藤課長から「よろしく頼む」と引き継いだポストをあっさりと放棄し、会社も退職した。

 再就職先にあてがあるわけではなかったが、こういう時は長いものに巻かれるに限る。私は当局関連の仕事を探して転職することにした。


 幸いなことに新政権がやらねばならないことは山のようにあり、私は新しい権力者の定めたルールに恭順の意を示し、新しい仕事にありついた。収入は前の仕事の半分ほどになったが、それでも男一人が生活できないことはないし、何より安全と平穏には変えられない。

 仕事は幼稚園の監査業務だった。監査といえば聞こえは良いが、要は思想統制、幼稚園児のうちから洗脳してしまおうということだ。新政府の作成した、そのいかがわしい宗教の教義に則ったマニュアル通りに教育が行われているか、実際に現場に出向いて内偵をするのが仕事だった。


 既に私の精神は、夢の中で小さいおじさんががなり立てる正論にも全く反応しないほど、鈍化していた。


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