第五章 ムトと大試練

第三十三話 ムト、魔道具を解放します

「シルジンさん、外に出るので護衛ごえいをお願いします」


「え? あ、ああ」


 返事も待たず大聖堂の入口に駆け出す。

 両隣りと後方に甲冑かっちゅうの足音。

 その行進に多くの人々が道を開ける。

 ごめん、今は利用させてください。

 早く防衛隊のみんなと合流しなくちゃ。


「アヤ様、さきほどのは?」


 小走りの中、シルジン王が聞いてくる。

 わたしが目をつむってオリバーたちに声を届けていたことについてだろう。


「オリバーとソリアに、結界を待つように伝えました」


「ですが、聖獣三体、とても現状の戦力では抑えきれません。外壁が維持できる間に結界を張り、聖都の住人を避難させる必要が」


「それでソリアが犠牲ぎせいに? 防衛隊のみんなが時間稼ぎをするの? どうせあなたも逃げる気なんかないんでしょ?」


「それが、王家の責務せきむです!」


 まだ17歳のくせに。

 わたしより少しだけ年上なだけのくせに、責任? それで死んじゃうなんておかしいでしょ?


「まだやれることがあるでしょ!」


「北の聖獣を倒すのにだって総力戦だったんです! なのに、他に三体なんて……秘匿ひとくしてきた資料にだってそんな情報は無かったんです!」


 300年毎の大試練。

 余所者よそもののわたしが言えることなんてないかもしれない。

 でも、さっきからずっと頭に来てる。

 怖さでおかしくなって、それが怒りに代わってるのかもしれないけど、みんな、そんな試練に、わたしだけ帰そうとした。

 ならさ、ちゃんと乗り越えられるって思わせてよ!

 自分たちだけが犠牲になって、逃がされたわたしが、笑えるわけないじゃない!!


 大聖堂の外に出た。

 青い空を見ると、この聖都に危機が訪れていることが嘘みたいに思える。


 目を閉じ、フィクソアを想う。

 聖都の上空、数百メートル。

 東、南、西を同時に視認できる位置に居た。


「フィクソア、今すぐ大聖堂の入口まで来て!」


 『聖なる声』で呼ぶ。


《へ? あ、アヤ様?》


「いいから早く!」


 同時に上空から俯瞰ふかんした光景では、三方の聖獣はまだ森から出た位置、数キロの猶予ゆうよはある。

 ただ、狼や鳥のような幻獣らしき多くの存在も見えた。


 フィクソアはすぐに降りてきた。


「アヤ様! どうして……」


「話は後、三方の状況とみんなは?」


「東は青い竜です。水の精霊の加護を持ち、同じような小型の幻獣が多数。アランジレイトが応対してます。南は赤い大きな鳥、こちらも同じような姿の幻獣、こちらはアランエスケル。西は白い獅子、やはり小型の四足獣が幻獣となります。ピヴォが行っています。ゴレイラは南門。飛び回る幻獣に苦戦しています」


 防衛隊の司令塔として状況判断と指示を行う立場として、簡潔に教えてくれる。

 わたしが聞いたところで良い案なんか浮かばないけど、状況は理解した。


「どこが一番まずい?」


「南です。いくつかの幻獣は街に進入しています」


 フィクソアは即答する。

 状況はわかっていても、全体監視のため手が出せない状態だったんだろうね。


「フィクソア、一緒に行こう」


「アヤ様、危険です! 我々にお任せください!」


 わたしの言葉にシルジン王が反応する。


「親衛隊と警備隊は街の人の避難を優先してるんでしょ? そのまま続けて。第一、ここから南門まで走ったら戦う前に疲れちゃう」


 街の中央に位置する大聖堂から、北門まで行くのに、馬車でも30分くらいかかったんだ。


「し、しかし!」


「大丈夫だよ」


 シルジン王に笑いながら答え、フィクソアに向き直る。


「ね、フィクソア『ドウロン』の調子はどう?」


 わたしは彼女が身に着けている『ドウロン』の外周部に触れながら聞く。


「え、どう、とは?」


「うまく使いこなせてる?」


「えっと、それなりに、使えていると思ってます!」


 不安や疑念、迷いといった表情の後、真剣な顔で応える。


〝あれは折春さんに頼まれてね、神威しんい? 折春さんの持つ『思石しせき』から出る、白い光ってやつを効果的に取り込めるように創ってあるの。でも、もともと私たちの創る魔道具はね、神威しんいだとか精神力なんて必要ないのよ?〟


 お母さんの言葉が浮かぶ。


「それなりじゃダメ。あなたはこの子に何を望む? どんな力を求める?」


「……飛んで、雷撃で攻撃する、だけじゃない?」


〝私とお父さんの魔道具が規格外で、使う人に信じてもらえないからってわざとそんな機能を付けてるのよ。それが本来の力を抑制しちゃうんだけどね〟


 これまでも「本来の姿」とは思えなかったけど、触れてみてわかる。

 

〝つまりね、あの魔道具たちは神威しんいでしか動けない状態なの。あれを信じて正しく使おうとすれば、神威しんいなんかいらない。持ち手の想いだけでその力を発揮するの〟


「フィクソア、この子を信じて! そして願って! あなたは何をしたいのか!」


「わ、私は! 護りたい!!」


 金色の光がフィクソアから広がる。

 わたしは『ドウロン』から手を離し、少しだけ後ろに下がる。

 光は広がり、周囲の人々も唖然あぜんとした顔で見つめる中『ドウロン』は大きく形を変える。

 直径は5メートルほど、中心にフィクソアが固定されているのは同じだけど、大きく広がった外周は浮き輪じゃなく、手すりがぐるりと囲んだ円盤のようだ。

 その円盤部に飛び乗る。


「じゃ、行こうか!」


 想いを願った張本人が呆けた顔をしているので笑って声をかける。


「は、はい!!」


「シルジンさん、行ってきます!」


「アヤ様お待ちを! 私も!」


「残念、女性専用なの!」


 シルジンの声に答えながら飛翔ひしょうする。

 無理すれば十人程度は乗れるサイズだけど、今は急ぎたい。

 それに、ごめん。

 シルジンじゃ力不足なんです。


 あっという間に数百メートル上昇し、南門方向へ向かう。


「ああ、なんという力! これ、神威しんいじゃない?」


 わたしはフィクソアの視界をさえぎらないように彼女の横に立つ。

 手すりの高さは1メートルほどあり、円盤の床面も滑らない材質だけど、やはりそれなりには怖い。

 でも大気操作を自然としているのか、風圧を感じない。

 見えないベールのような空気のまくおおわれているみたい。


「フィクソアのこの子を信じる力、叶えたい願いの強さ、それがある限りこの子は応えてくれるよ。前の聖獣戦でみんなをぶら下げて飛べたでしょ? だからきっともっとすごいことができると思ってたんだ。でも、体力は無限じゃないから、そこだけは注意してね」


「アヤ様、御使みつかい様!」


「そんなことより準備して! 門を越えるよ!」


 視線の先には、多くの飛び回る赤い鳥たち。

 幻獣だ。


「お任せください! 全て蹴散けちらします!」


 言いながら円盤の下方向から金色の光が広がる。

 何をしようとしているのか、それがどれほどの効果を発揮するのか理解する。


「ゴレイラとアランエスケルには当てないように!」


 『ホルスの目』で彼らを視認しながら念の為言っておく。


「外壁より上に限定します!」


 外壁すれすれの高さから街の外に飛び出し、そのまま多くの幻獣がいる場所へ。

 幻獣は、赤く燃え続ける孔雀くじゃくのような姿で、羽ばたきと共に火の矢が降り注ぐ。

 その全てを、大気を振り回すことで防ぎながら『ドウロン』は空中に停止する。

 四方から数えきれないほどの幻獣が襲い掛かる中、急上昇した『ドウロン』の下部に溜めた金色の光が弾ける。

 一瞬で数千の光条が走り、視界はしばらく金色に染まる。


 それが収まったとき、青い空に残るのは巨大な燃える聖獣、一体だけだった。

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