第八話 ムト、忘れられない夏がきます

「あー、わっかんねぇ」


「ごめんな二人とも……」


 期末テストが終わると同時に梅雨つゆは開け、季節は一気に夏を迎えた。

 本格的に部活をがんばるぞ! と意気込んでいたけど、高橋と山岸はテストの結果が悪く、担任から追試ついしを言い渡されてた。

 部活中やたらと勝負をいどまれて、そのたびに返りちにしていたこともあって、高橋がいなければ、しばらく落ち着いて部活ができる。と喜んでたら顧問が言った。


「一年は連帯責任れんたいせきにんな、高橋と山岸が追試ついしでいい点取れるまで部活禁止」


 わたしも、のぞみんも唖然あぜんとしたあと、男子二人を図書室に押し込み熱血指導中だ。

 山岸はまだいい。わたしたちに対して申し訳ないって思ってる。

 でも高橋は「しょうがねえじゃん、頭が悪いんだから」と開き直る始末。


「あんたたちの頭を良くしようなんて思ってないから、ただいい点取るためにがんばんなさいよ! 教科書の範囲を丸写しして覚えなさいよ!」


 のぞみんが荒れてる。

 そりゃそうだ、テストも終わり、梅雨つゆも終わった。

 部活や夏休みの為にわたしたちは勉強をがんばったんだ。


「俺たちだってがんばってんだよ、でもわかんねえもんはしょうがねえだろ?」


 高橋はそれの何が悪いんだ? と、素朴そぼくな顔で聞いてくる。

 正直、わたしだって人のことは言えない。

 少し前まではおんなじ気持ちだったんだから。


「いいから詰め込みなさいよ! 明日の追試ついしがダメだったらまた追試ついしなのよ?」


 丸めたノートでテーブルをぱしぱし叩きながらのぞみんが小さくえる。

 ここは図書室なんだけどね。


 開けた窓から、日差しに温められた風が入り込む。

 風は吹奏楽部がかなでる音楽を運んできた。

 そこに運動部の掛け声や、ボールをバットで打つ音が混ざる。


 早くボールを蹴りたい。

 思いっきり走りたい。

 でも目の前には泣き言を言い続ける男子二人。


 わたしはバッグの中にある巾着袋を取り出す。

 うまくいくかわからないけど、気休めにはなるかもしれない。

 手の中で『思石しせき』に願う。こいつらに集中力を与えてください、と。


 風も止み、音が消える。

 男子の泣き言も、のぞみんがしかる声も聴こえない。

 わたしは願いに集中し、視界は水色の光に包まれる。



「……ちゃん、むーちゃん!」


「あ、え? なに?」


「なにじゃないよー、もう急にだまりこくって、死んじゃったのかと思ったよ」


「ん、ごめん、寝ちゃってた?」


 わたしは視界いっぱいに映るのぞみんから目をそらす。

 そこには、一心不乱いっしんふらんにノートを取る男子二人。


「……あれ、なに?」


「もう、むーちゃんがおかしくなったと思ったら、二人も急に集中し始めてさ、できるんなら最初からやれっての」


 のぞみんは腰に手を当て、やれやれって感じで苦笑する。

 男子二人は、そんなわたしたちの会話にも反応せず、教科書をめくり、ノートに書き写し、問題集をいてた。


 わたしは手の中の巾着をギュッと握りしめる。

 たぶん、そういうことなんだろうね。


「むーちゃん? ひょっとして、なにかした?」


 のぞみんがわたしの顔をのぞき込んで聞く。


 わたしが、『思石しせき』に関する話をのぞみんにしてる間、男子二人はずっと集中して勉強を続けてた。


 それから一時間以上勉強を続けた二人は、電池が切れたかのように、それぞれぱたりと机に倒れ、寝息をたて始めた。

 起こしても起きないので、顧問に報告し、のぞみんと二人で帰宅した。

 

 のぞみんと二人並んで歩きながら話す。


「急に勉強ができるようになったのはそのせいかー」


「ごめんね、黙ってて」


 小学校時代、勉強でのぞみんに勝ったことはなかった。

 一学期の中間テスト、わたしが一位、のぞみんは二位だった。


「別にズルしてるわけじゃないからいいんじゃない? 私だって心を落ち着けるぬいぐるみとか、好きな音楽とかあるし、おんなじでしょ?」


「それでもさ、自分だけならともかく、今日のアレは……」


「すごいよね、相手をその気にさせちゃえるんだもんね」


「そんなつもりなかったんだけどね、ちょっと黙って集中してよ! って思っただけなんだ」


「ね、それってどんなことができると思う?」


 実はそれも考えてた。

 男子の集中が、わたしが命令したものなのか、自分たちが勝手にやる気になったのかがわからない。

 のぞみんの問いは、相手を意のままに操れるかを聞いてる。


「ごめん、気持ち悪いよね」


「なんで? あ、そういうこと? 私がむーちゃんの操り人形になっちゃうとか心配してるんじゃないかって?」


「そんなつもりは絶対にないよ!」


「うん、むーちゃんがそんなことしない子だって知ってる。だからさ、試してみようよ」


「試す?」


「うん、むーちゃんがその『思石しせき』だっけ? それで私に命令するの」


「え、どんな命令?」


「そうだなぁ、そこはお任せで。でもね、むーちゃんは何を願ったか私には言わない事! だから効果があったかどうか、あとで教えてね」


 そう言って満面の笑みをわたしに向ける。

 ずっとこの子の笑顔を見てきた気がする。

 それだけいつも一緒にいたんだね。


「じゃあ、やってみる」


 私は立ち止まり、バッグから巾着を取り出す。

 中から『思石しせき』を取出し手にせる。


「おお、綺麗きれいだね。緑と赤?」


 確かに、緑色と赤色が、揺れて流れて混じって回る。

 見たことのない色だ。


「じゃあ、やってみる」


 わたしは集中する。

 目の前の親友を想い、ずっとそばにいてほしいと願う。


 気が付くと、正面にはニコニコしたのぞみん。


「終わった?」


「……うん」


「その石ね、最後は淡く赤に染まったよ?」


 彼女の頬も少し朱色だ。

 きっとわたしも、おなじ色に染まってたのかもしれない。

 

 頬の熱は高く、そよぐ初夏の風すら心地よかった。


―――――


 追試ついしでの、男子二人の点数は満点で、カンニングを疑われ解放までに時間がかかった。


「うぉぉぉぉ! 俺、天才になっちまった!」


 高橋はハイテンションでうるさい。


「二人ともありがとな、なんか教えてもらってコツがつかめたみたいでさ、あんなに勉強が楽しく感じたの初めてだった」


 山岸はきちんと感謝を口にする。


「いいってことよ! あとでアイスでもおごってね?」


 のぞみんはちゃっかり対価を要求してる。


「じゃあ、夏休みとかサッカーの試合でも見に行く? 俺たち、クラブチームの関係で無料のチケットとかあるからさ」


「へぇ、それはいいね! 女子7人、男子7人。全員で観戦に行っちゃおう!」


 いつの間にかやってきた詩織しおり先輩が、山岸にニヤニヤと告げる。


「みんなで一緒ならいいね! じゃあ山岸、よろしくね!」


 のぞみんがいい笑顔で、引きつった顔をした山岸に追い打ちをかける。

 たぶん山岸は、のぞみんのことが好きなんだと思う。

 残念、その恋は応援してあげない。


 わたしは、笑いながら夏休みを心待ちにする。


 でも、わたしの中学一年の夏休みは、思いがけない形でうばわれてしまったんだ。

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