わたしの両親は魔道具職人

K-enterprise

第一章 ムトと中学校生活

第一話 ムト、「操金夢叶です」と自己紹介します

「ムトー、ほら早く起きなさい!」


 一階からお母さんの声。

 もう起きてる、だから呼ばないでよ。


「ムトー! 入学式に間に合わないよ!」


「もう起きてる!」


 だいたい入学式は10時からだ。

 今はまだ6時半。

 間に合わないなんてことはない。


 壁にかかった真新まあたらしい制服をながめ、普通ならワクワクした気持ちで朝を迎えるんだろうか? と自問し、とりあえず朝食で汚してはいけない、と私服に着替える。

 ゆううつだ。

 ゆううつって漢字は難しくて書けないけど、意味はわかる。


 一階に下り、洗顔しダイニングに移動する。

 焼き目のついた食パンと、目玉焼きの載ったお皿には他にソーセージが二本、小鉢のサラダとオレンジジュース。

 今日は洋風、いつもの朝食。

 四人掛けのテーブル、対面に座り新聞を読むお父さんに挨拶する。


「おはよ」


「おう、おはよう。中学入学おめでとう」


 お父さんは少しだけ新聞から視線をずらし、わたしに言った。


「そうね、おめでとう、ムト」


 母がコーヒーカップを二つ置きながら席に着き、そう言った。

 今日のわたしはいつもよりイライラしている。


「……いただきます」


 少しプンとした顔を見せながらオレンジジュースを口に含む。


「それにしても、あんな小さかったムトちゃんが中学生だなんてね」


 お母さんは、そんなわたしの不満に気付かず、ニコニコしながらお父さんに語りかける。


「ん、まあそうだな。早いもんだな」


 お父さんは素っ気ないように答えてるけど、それはわたしの不満に気付いてくれてるからだ。


「ねえ、ムトちゃん。中学生活の抱負って何?」


「まだ、わかんないよ」


 もう、ムトちゃんムトちゃんって!


「あら、ウチの娘は中学生になった途端とたんに反抗期? お母さん悲しいなぁ」


「別にそんなんじゃない」


 わたしはそれっきり朝食を食べることに集中した。


 中学がどうのじゃなく、いつからか思い始めた、なんで? って気持ちは、実際にその名前を持って生きている立場にならないとわかんないよ。

 特に今日は入学式。

 ってことは、自己紹介があるはずで……。

 はあ、ゆううつだ。


「ねえムトちゃん」


「ムトちゃんって呼ばないでよ」


 つい大きな声を出して気まずくなってしまった。


―――――


 わたしの名前、操金夢叶(あやがね むと)

 苗字が珍しいのはしかたない。

 名前の由来である、夢が叶うってのもわかる。

 でも女の子なんだからさ、もっと女の子らしい名前がよかったなって思うんだ。

 いままで、学校とかでの自己紹介の度に「変な名前」「ムトムト星人」なんて馬鹿にする男子がいて、そのたびに嫌な気持ちになった。


 その不満は小学校高学年のときに爆発し、思わず両親に言ったことがある。


「わたしなんでムトって名前なの?」


「なんでって、夢を叶えられるようにって」


希望のぞみちゃんだって、夢が叶うようにって意味なんだよ? なんでそういう可愛い名前じゃだめだったの?」


 わたしが、べそべそと泣きながら話したからか、両親は本当にすまなそうな、困ったような顔をしていたことを覚えている。


「きみの名前は、お父さんとお母さん二人にとって大切な人からいただいたんだ」


「夢が叶うってだけじゃなくて、あなたをずっと守ってくれるのよ」


 両親はそう言ってたけど、そんな説明を聞いても名前が変わるわけじゃない。

 それに名前を変えたいというわけじゃない。

 だって本当は、自分の名前は大好きだ。

 それを周りからからかわれるのが嫌だから、自分の名前が好きじゃないって思ってしまう。


 わたしは別に両親を困らせようと思ってるわけじゃない。

 毎日忙しく働いてる両親には感謝してる。


 家の敷地内にある小さな工場が二人の仕事場だ。

 工場と言っても、その中は学校の教室くらいの広さで、いくつかの工作機械というものが置いてあり、それを使って「精密部品」を作ってるらしい。


 お母さんは、ごはんの支度や家事があるから行ったり来たり。

 お父さんは朝早くから夜遅くまで工場にいて、顔を合わせない日だって多い。

 土曜日も、日曜日も仕事をしてることがあり、すぐ隣の建物にいるのに、わたしは昔からずっと一人ぼっちな気がしてる。


 そんな寂しさから、普段は言わないような不満を、あのとき口に出して以来、それはわたしの中でずっとモヤモヤした気分として残ってる。

 

 お父さんはあれ以来、わたしを名前で呼ばなくなった。

 お母さんは逆に、わたしをたくさん名前で呼んだ。


―――――


 体育館で行われた入学式の後、親はそこに残り、生徒だけで指定された教室に移動し、予想通り自己紹介などのレクリエーションがあった。

 わたしの通っていた小学校と、別の区域の小学校の生徒が集まる中学校なので、35人のクラスの半分以上は知らない顔ぶれだ。

 わたしの名前を知らない人が20人くらいいる、そう思うと身がすくむ思いがした。


「むーちゃん、一緒だね」


 救いだったのは、保育園から親友の、鹿島希望かしまのぞみが同じクラスだったことだ。


「うん、のぞみんも、これからよろしくね」


 つとめて笑顔で返す。

 それでもやっぱり、自己紹介が始まるころには緊張が大きくなった。

 わたしはポケットから生徒手帳を取出し、両手で包み込む。

 中にはお父さん特製の「お守り」が入ってる。

 そこに祈る。

 どうかバカにされませんように、堂々と自己紹介できますように、と。


 新任だという担任の荒垣あらがき先生は、わたしたち以上に緊張した様子で、わたしたちを見回して言った。


「それじゃ出席番号順で、操金あやがねさんから」


「はい」


 わたしは返事をして、起立し自己紹介をする。


「西小から来ました、操金夢叶あやがねむとです。身長は低いですが、得意なスポーツはサッカーです。よろしくお願いします」


 済んでみると、周囲から、ムト? といったつぶやきが聞こえて、それがなんだか笑われてるような気がしたけど、さすがに小学生とは違うからか、その場で笑ったりからかったりということはなかった。

 それでも、帰宅の為に動き始めると、何人かの知らない顔、北小の生徒同士が集まり、こちらに視線を送り、たまに小声で、ムトと聞こえる。


「むーちゃん行こ」


 のぞみんが察してわたしの手を引いてくれる。


「いい自己紹介だったよ」


 腕を引かれ廊下に出ると、のぞみんはそう言ってめてくれた。


「うん、お守りが効いたみたい」


「お父さんのお守り? さすがすごい効果だね」


「魔法使いだからね」


 わたしはやっと、にこりと笑えた。

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