第52話

 奴の出自について取り立て聞くような事はそれまでなかった。プライバシーに関する質問はしづらかったし、興味もなかった。しかし、暇を持て余した僕はなんとなし「そういえば」と切り出したのである。



「君はどこから来たんだい?」


「宇宙からじゃないのは確かだね」


「くだらない事を言わないでくれ」


「いいじゃないか別に。冗談は人生を豊かにする薬だよ」


「粗悪品は返って悪影響だよ。で、どこから来たんだい?」




「遠いところさ」


「……」



 能登幹はどうも話をしたくないようだったため、それ以上の追及は控えた。本人が口にしたくないような事を問いただすのは下世話で、僕が忌み嫌う田舎の人間と同等の、低俗な行いであるわけだから、そんな真似をするわけにはいかない。故にこの件については未来永劫問わないでおこうと誓ったのだったが、その矢先に能登幹の方から口を開いたのだった。


 


「……アメリカさ」


 アメリカ。

 奴は確かにそう言った。



「そりゃまた遠路遥々」


「だから言ったろ? 遠いって」


「しかし、なんでまた日本に来たんだい? 向こうの方が楽しそうなものだけれど」




 この質問に対し能登幹はやや間を開ける。またいらない事を聞いてしまったかなと自省するも、聞かずにはいられなかった。興味がないといいつつ、人の秘事というのはやはり知りたくはなるものだ。



「母親が渡日するからという事にしているけれど、あっちでも一人暮らしをしているようなものだったし、別に残ってもよかったんだ。でも、どうしても日本にきたくて……」



 歯切れが悪く、含みのある口振りだった。これは案に、「話したい」と言っているのと同義である。そして、僕から始めた話題である以上、この話題に関しては奴の気がすむまで相槌を打たねばならないのだった。



「本当の理由は、なんなんだい?」





 また、しばし魔が開く。






「父親が生まれた国を見たかったんだよ」


「……」


 別段隠す必要もないのにと思ったが、声を零していく能登幹の顔にいつも微笑はなく、罪人が罪を告白するような悲愴さがあったものだから、僕は首を縦に振る事も忘れ、言葉なく側にいるしかなかった。夏の昼下がり、聞こえてくる音は、蝉の鳴き声ばかりである。

 

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