第51話
実家で過ごす時間は随分ゆっくりに感じた。寮や海と違って蝉と母の声くらいしか雑音のない生活は気の張りようがなく、時流が淀んで取り残されているような錯覚さえ覚えた。その有り余る時間を使って何をやったかといえば勉強をするか山川に出かけるか家の手伝いをするくらいであったが、そのどれもが消費しきれない程の退屈が用意されていたのだった。小、中学校の頃は何も思わず過ごしていたが、都会に出て娯楽を知るとこうもつまらないものかと辟易する。田舎には田舎の楽しみがあろうが、若くエネルギーに満ちた僕にとってはちっとも面白くなく、浪費していく一日を歯噛みして見送るのだった。
反面、能登幹は満足そうな顔をして田舎暮らしを満喫し、ふらりとどこかへ行ったと思ったら大量の野菜や卵わ肉を持って帰ってくるようになる。何があったのかと思えば、近所の農場や牧場などに行き、見境なく仕事を手伝っていたのだ。
「あんれ。愛洲さんとこの子、随分変わったねぇ。顔も愛想もよぉなっとるし、仕事手伝うなんてなぁ考えられんかったのになぁ」
「臼井さん。あれは息子の友達よぉ。ウチのはてんで駄目。見習って欲しいわ」
そんな井戸端会議を聞かされる身にもなって欲しいが、仮に僕が能登幹の真似事をしても多分文句を言うからやはり何もやらない方がいい。
しかし、能登幹はなぜわざわざそんな苦労を買って出ているのか気になり、僕は本人に聞いてみる事にした。
「君はなんでわざわざ面倒な事をするんだい?」
「楽しいからだよ」
釈然としない答えである。家畜や農作物の世話など何が楽しいものか。
「だいたい君、汚れるの嫌がってたじゃないか」
「慣れたさ。土も草も虫も、僕は好きになったよ」
「そうかい」
このやり取りの中で僕は奴に対し僅かな苛立たしさを覚えた。都会の坊っちゃまが何を知ったような事をという怒りである。しかしふと気付いた。僕は、能登幹が都会育ちか田舎育ちか知らないのである。
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