第4話

 部屋に逃げ帰ってくると異変に気が付き嫌な予感が頭を過った。

 先まで一人分しかなかった荷物が増えている。それもわざわざ、一人掛けソファに置いてある僕のバッグの隣に詰めるようにして。

 この距離感のおかしさと図々しさは、先まで話していた馬の骨を思い出させる。しかしそんな事があるのだろうか。いや、ある。嫌な偶発というのは往々にして起こり得る。俗に言われるマーフィーの法則というやつは、どうしたって回避できない。これは間違いなくあいつの荷物だという予感が働くと、同時に背後から気配を感じたのだが、これもまた、誰だか分かってしまうのだった。



「あれ? 同じ部屋なんだね」



 背後からしたのは当然奴の声だった。これ以上関わりたくなかった僕は返事をする事なく、背後に立つ男をすり抜けて廊下へ。そのまま、足早に進む。


「どこに行くんだい?」


「寮母さんに話して部屋を変えてもらうんだよ」


「どうして? せっかく友達同士で一緒の部屋になれたじゃないか」


「友達? 誰と誰が?」


「君と僕さ」


 飄々とそう言ってのける男に対して思わず立ち止まった。あまりの身勝手さに身体が凍りつき、一言物申してやらないと気が済まなくなったのだ。


「悪いが君と友達になったつもりはない」


 この時僕は恐らくしてやったりという表情を浮かべていただろう。抑圧された感情を発散する際のカタルシスといったらない。のらりくらりとしている男にとって痛恨の一言を浴びせてやったのだと得意となり、次にこいつがどんな顔で、どんな台詞を吐くのか、優越的な興味を抱いていたのだ。



「そんな事より、お腹空かない?」



 だが右から左。男は「関係ないさ」というように脈絡なく僕に空腹がどうか尋ねたのである。なんという一方通行だろうかと憤慨間近となるも、僕はこの男の言葉によって、自分が空腹である事を思い出し、意図せず腹の虫が声を上げたのだった。



「……空いてる」



 静かな廊下に二人きり。虫の音が聞こえぬはずもなく、白状せざるを得なかった。この時の恥といったら! だがそんな事気にもしない風に、男はしずと微笑む。



「なら、学食行こうよ」


「学食? 本校舎区画にある?」


「そう。今、開いてるらしいよ?」


「……」


 

 その提案に、僕は従う他なかった。腹が減ってはなんとやら。育ち盛りの身体に嘘はつけず、不本意ながら、名も知らぬ男と肩を並べ歩く道を選ぶ。

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