第10話 白石小百合、来襲
「それにしても『
「それってモノレールから飛び降りたことよね? 結果的に、クウヤは助かったじゃない」
「あ――、うん。せやな……」
上原は目を伏せて言葉を濁した。
(この人も、きっとクウヤのことすごく心配したんだわ。照れるなんて意外にかわいい人なのね)
「その、アレやな。永瀬、遅すぎやで。なにやっとんねん。お嬢さん待たすなんて」
「彼女が来てるからしょうがないわ」
(よし。なんとか普通に言えた)
「彼女ぉ? 誰やねん! まったくどこで見つけて来んねん! ワシにも紹介しろっちゅうねん! なぁなぁ、どんな女やった?」
文句を言いつつも上原は興味津々で楽しそうだ。
「ホワイトストーン病院の」
上原の顔がすっと冷めた。
「なんや、お嬢ちゃんか。あれは彼女ちゃうで。悩みの種や」
「でも、お見合いしたって聞いたけど」
「見合いしたんはワシや。『合併を前提としたお付き合いをしましょう』って白石が言うてきてな。ウチはきっぱり断ったのに、娘がその気なんをいいことに、再三来くさって! クローン界のボスがロイド界の頂点であるウチと手ぇ結びたいやなんてウスら寒いわ。なぁ、お嬢ちゃん一人やった?」
「そこまでちゃんと見てないわ」
「う~んんん。せや!」
上原は立ち上がると、机の上のペン立てをくるりとまわした。
広い壁に映像が浮かび上がった。
この部屋には劣るがそれなりに豪華な部屋で、空也と小百合、少し離れてメイド姿のロイドが立っているのが見えた。二人は向かい合ってソファに座っている。テーブルの上にティーセットがあるが手をつけた様子はない。
「ミッチーの様子見るために仕込んでんけど、こんな時に役に立つとはなぁ。音声、音声は、っと」
『特に異常がないようで安心しましたわ』
いきなり声が聞こえた。
壁に映る大きな映像のせいか、空也たちと同じ部屋にいるように感じる。
『白石のほうにも
「あんのジジィ!」
上原が毒づいたおかげで、劉は赤龍社の社長の名前、AQA社になる前の社長のことだとルージュは思い出した。
『もちろん、そんなことできるわけがないと存じておりましてよ。意思を持てるのは人間のみ。尊い人間を守るために、私たち白石はクローンを作っているのですから。ですが、永瀬様が劉様に利用されるのを黙って見ているわけにはまいりません。白石は全力をもって永瀬様をお守りすることを決定いたしました』
「相変わらず勝手なことぬかしおって」
ルージュもそう思った。
『ちょ、ちょっと待ってください。僕は、劉さんと実際にお会いしてお話をうかがったわけでもないし、僕がロイドの呪文を消したからといって、本当にアクアが解放されるのかもわからないんです。それなのに』
『あら。まだお試しじゃありませんの? ではここでお試しくださいませ。この部屋にもロイドがいるじゃありませんか。ここにいるからにはAQA製でしょう? ちょうどいいですわ。私もこの目で見たいですもの』
『え、ちょっと』
焦る空也を尻目に小百合はメイドロイドを呼んだ。
『さぁ永瀬様。大丈夫ですわよ。なぁんにも起こりませんから』
空也はどうしようか迷っているようだ。
「お嬢ちゃんの口車にのったらあかんで! 試さんと、うまいこと誤魔化して切り抜けるんや!」
厳しい表情の上原。ルージュは半信半疑だ。
(本当に? 本当にロイドを、ロイドの存在意義でもある定義から解放できるの?)
三人がそれぞれの想いで見つめる中、空也は口を開いた。
『アクア』
空也独特の優しい響きにアクアは顔を向けた。ルージュには、アクアの顔がどこか嬉しそうに見えた。
『デーレーレ デーフォーニーティオー』
アクアは目を見開いたまま芯を失ったようにその場に崩れ落ちた。
『アクアっ!』
抱きとめようと空也が駆け寄った。だが軽量化されたとはいえ、人間が持てる重さではない。支えきれず空也も一緒になって床に倒れた。
アクアを胸に抱き横になったまま重さで動けない空也を助けようと、小百合が手を伸ばした。
『大丈夫ですの? 永瀬さ』
何事もなかったかのように、いきなりメイドアクアが身を起こした。
『失礼いたしました。大丈夫ですか?』
メイドアクアは空也の手を引きながら微笑んだ。その笑顔は自然なもので、作られた表情には見えなかった。壁から目を離せないままルージュはつぶやいていた。
「……本当に解放できるんだ」
「なんや、お嬢さん。あれだけ説明したのに信じてへんかったんかーい。いや、でもまだお嬢ちゃんも信じられへんはずや。永瀬、うまくやるんやで!」
小百合は小首をかしげている。
『どういうことですの? 効果はあったのかしら?』
壁の向こうからの祈りを知ってか知らずか、空也はアクアを庇うように前へと出た。
『解放されてもアクアはアクアだ! アクアは渡さない!』
祈りは通じなかったようだ。
「アホぅ」
「クウヤ~~」
小百合はにっこり笑った。
『よぉくわかりましたわ。永瀬様の身柄は、白石が保護させていただきます。安心してくださいな。誰にも指一本触れさせませんわ』
(この子、AQA寮の厳重なセキュリティを知らないの? わざわざ白石に行くことなんてないわよ。クウヤだって寮が安全だって知っているからここで話してるっていうのに)
しかし空也は数秒の沈黙の後、素直にうなずいた。
『よろしくお願いします』
「永瀬!?」
「なに納得してんのよ!」
二人の抗議が聞こえるはずもなく、空也は小百合に引かれるまま部屋を出て行った。
ルージュは上原に向き直った。
「ちょっと。クウヤが行っちゃったじゃない。社長でしょ? なんとかできないの?」
「できるもんなら初めっからお嬢ちゃんを寮に入れへんて。なんやその、大人の事情があってやなぁ。社長やからこそできへんって言うか……」
目を泳がせる上原に、上目づかいで一言。
「社長のくせに役に立たないわね」
「ぐさ――っ。今の言葉キッツいでぇ。ワシのセンサイなガラスのハートはコナゴナや」
「まだそんなこと言えるんなら体も砕いてあげるわよ?」
上原はすぐに表情を引き締めた。
「ボケるんはクセや。許したって。んじゃまぁ、永瀬奪還よろしくぅ!」
ルージュに口を挟む隙を与えず上原は続ける。
「ほら、ワシが動いたら、なにかと角が立つやん? お嬢さんやったら、かまへんやろ。大丈夫! 一人で行けなんて無茶なことは言わへん。ミッチー、彼女たちを呼んだって」
「はい」
ミッチーが机の上の本を動かすと、壁が大きく開いた。一糸の乱れも無くそろった動作で二体、紺色の制服を着たロイドが現れた。
「ウチの精鋭部隊や。アクア、彼女はルージュ。今からはルージュの指示に従うんやで!」
無駄の無い動きで二体のアクアはルージュに敬礼した。
(またこれは大きな引き出しがあったもんだわ。ま、本社お墨付き精鋭部隊なら、もしまたあの黒づくめと出会ったって安心よね。それにしても)
「この服って、あなたの趣味なのかしら?」
「そや。ミニスカポリス! かあいいやろ」
ぐっと親指を立て得意気な上原に、深いため息をついてしまったルージュだった。
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