AQAーArt Quality Automataー

高山小石

第1話 アンドロイド技師の日常

 白亜の城を模した豪奢な造りと最新医療で、ホワイトストーン病院は人気が高い。


 病院の片隅にあるデータ管理室の中央の大きな机に向かっているのは、爽やかなグリーンの制服を着たキャビンアテンダントのような女性が四人。机自体が巨大なコンピュータで、彼女たちは患者のデータを管理している。付属のモニターに向かい流れるような手つきでキーボードを打っているのが通路から見える。データ管理室の三方の壁上半分は水族館で使われているような透明強化ガラスなのだ。


 赤い髪の女性だけ手が止まっていた。

 ルージュは眠気と戦っていた。


「ふ」


 ルージュは、誰かに見られていてもわからないくらいの小さなため息をついた。

 ようやく午後2時をまわったところだ。今日の、正確には昨日からの仕事が終わる時間まで、後一時間ある。


(ふぁ~。今が一番眠いのよね……ってダメよ、私。楽しいこと考えなくっちゃ。楽しいこと、楽しいこと……今日は何を食べよっかな? 久しぶりに中華! ううん。やっぱりあっさり系で和食? 隣駅の美味しい店まで行く、のもめんどいから……)


 ともすれば寝てしまいそうな自分をなんとかごまかしつつ、ルージュはじっと姿勢を保ち、かろうじて目を開いていた。

 と、


『すみません。次はどこへ行けばいいんですか?』


 耳に当てた音声収集機が男の声を伝えた。

 ルージュの意識がピンと張り詰める。


 男の声に反応して、男の前にある院内案内用ディスプレイには「PLEASE SET YOUR CARD」の文字が光っていることだろう。


 ルージュの前にあるモニターには、質問者の場所を表す簡易地図と「QUESTION」が表示された。


(真後ろにお客様とは珍しいわね)


 この区域はほとんどが資料や備品のストック場なので、患者や見舞い客が来ること自体まれだ。


(どんな人なのかしら? 顔が見たいけど、振り返っちゃバレバレだし)


 男はディスプレイのメッセージに従って、診察カードを専用トレイに乗せたようだ。

 診察カードを読み取り、ルージュ側のモニターにずらずらと男のデータが現れる。


 ルージュはヘッドセットのマイクを口元によせ、男のいる場所と双方向音声ONに切り替えると、抑揚のない声で答えた。


「健康診断ですね。診断はすべて終わっています。一階ロビーで会計をお待ち下さい。ロビーへは、今いる廊下を右に進んで突き当たりのエレベーターをご利用ください」


『ありがとう』


 男の心のこもった声に、思わずルージュは振り返った。


 ガラス越しに見た男は、自分と同じか少し下、二十歳になったかならないかの青年だ。細身で背は高く、整った顔をしている。


 ルージュの視線に気づいたのか、ディスプレイから顔を上げた青年と目が合ってしまった。


(なんてきれいな色! まさかアンドロイド……じゃないって。健康診断してるんだから)


 雲のない空のように明るく澄んだ瞳に目を離せないでいると、青年は、はにかんだような笑顔を残してエレベーターへと進んでいった。


(それに、ロイドたちはあんな風に笑えない)


 ルージュは無表情を保ち、青年が間違いなくエレベーターに乗るのを見送ってから、部屋に向き直った。


(びっくりしたぁ。ここにも一般人が来るんだ。今の、確認しただけに見えたよね。私、ちゃんとロイドに見えたかな)


 外からは見えないように机の下で小さな手鏡を出して自分の顔を確認する。


(大丈夫。瞳は青いし無表情だ)


 ルージュの席からは、部屋にいる全員を一目で確認できる。


 今は四人だが、この部屋では最大六人、少なくとも常時三人が待機して、患者のデータを整理している。でもルージュの他に人間は一人もいない。みな青い瞳の機械人形なのだ。


 ルージュは『アンドロイド技師』だ。


 アンドロイド技師とは、アンドロイドの仕組みに精通したスペシャリストの総称だ。アンドロイド技師になるには、難解な試験と体力テストの両方をパスしなくてはならず、『文武両道な技術職』と言われている。本来の仕事はアンドロイドのメンテナンス、異常の早期発見と、人間でいう医者のようなものだ。


 人間に代わる労働力として、人型ロボット、アンドロイドが完成して半世紀あまり。今やアンドロイドは人間を凌駕する勢いで増えている。高齢化社会が進む中、忙しい病院や過酷な仕事には重宝するからだ。その性能は素晴らしく、安全性も上がったこともあって、『人間よりも信頼できる』と言われるほどだ。


 しかし五年前、原因不明の暴走事件が起きた。


 事件をきっかけに、公共の場でのロイド使用には、アンドロイド技師の存在が義務付けられた。それは『技師制度』と呼ばれ、契約した技師はその知識を使い、ロイドを物理的に止めることができる(通常は登録者の『システレ(止まれ)』『ドルミーレ(眠れ……「節約状態で待機」の意)』などの一言で止まる)。


 登録者の指令が届かない場合、エネルギー回路を切断してエネルギー供給を防ぐのが最も効率的な停止方法だが、ロイドが暴走している場合はロイド本体を壊してでも沈静化させる。相手は人間以上に頑丈でパワフルなだけに、身体を張っての危険な仕事だ。契約した技師への対価は高い。


 安全性を重視する病院や学校などは、高額だが契約しないわけにはいかない。需要と給料が高く、特殊な任務ということで、技師は人気の職業になっている。


 だが、技師はあくまで『保険』なのだ。

 暴走が起きたとは言っても世界中でまだ三件。頻繁に暴走が起きるわけではない。が、いつ起こるとも限らない。


 契約技師の仕事、それはもっぱら『ただひたすら待つこと』だった。

 現在の絶対技師人数がまだ少なく、一人の持ち時間が長いのだ。

 あまりにも退屈すぎるのと眠気覚ましをかねて、ルージュは簡単な受付業務を任せてもらっている。


(「ありがとう」だなんて。人間だってわかっちゃった? 完璧なコスプレだと思ってたんだけど)


 一見、ルージュは部屋にいる他のロイドたちと変わらない。髪形や制服はもちろん、ロイドの代名詞でもある青い瞳に見せるため、青いカラーコンタクトまでしている。


 ロイドに対する人々の信頼は厚い。特に病院などプライベートを大切にする場所では、人間だとわからないほうがいい。人間は嘘をつくがロイドはつかない。過去の詮索も噂話もしない。感情のない機械人形は、ただただ熱心に仕事をするからだ。


(私をロイドだと思ってお礼を言ったのなら、あの人は変だわ。ロイドにお礼を言う人なんていない。どんなに高性能でも感情はないんだから、お礼なんて言わなくていいのに。もしかしてアクア好き? いるのよねぇ。AQA製のロイドは他のロイドとは違うって言う人が。確かにアクアは最高のロイドだけど。あ、ロイドが少ない所から来たとか? そうよ。それなら病院で迷うのにも納得。だいたい今どき誰も音声案内なんて使わないわ。タッチパネル案内ディスプレイはデパートや駅にもあるのに。いったいなんの仕事をしてるのかしら? あの細さからして肉体労働じゃないのは確かよね。事務職? ううん。結構カッコ良かったからモデルとか? きっと、どんくさくって、周りがいっつもひやひやしてるんだわ。もちろん本人はそれに気づかなくって……)


 思いがけないお客がいたことで、いつもなら倍以上に長く感じる最後の一時間を、ルージュは楽しく想像して過ごせた。


   ☆


「お疲れ~」


「がんばって」


 交代に来た仲間技師スイレンと、ぱちんとタッチする。

 今日の会話は、先程の案内とこれだけだ。


 続き部屋のロッカールームに入ると、大きな鏡に若草色の制服を着たロイドがうつった。


 ルージュは鏡に背を向けてヘッドセットを外し、制服から白いシャツとはき慣れたジーンズに着替えた。カラーコンタクトを外し、ロッカーの鏡で化粧を直す。まとめ上げていた髪を下ろし、手ぐしで整えると、ようやくお仕事モードから切り替えられる。


 振り返ると、鏡の中には素の自分がいた。

 瞳は淡い緑に戻り、鮮やかな赤い髪が肩口で踊っている。


(うん。『ルージュ』だ。は~。今日もほんっとお疲れさまサマ!)


 鏡に向かってルージュはにっこり笑った、つもりだった。


 服装は戻ったのに口元が強張ったままだ。無表情をキープしすぎると表情を出すのが難しくなる。思わずよった眉間をあわてて伸ばした。


(女の子は笑えないとダメよね。あっ、今の顔ちょっとセクシーでいいかも)


 しばらく鏡に向かって百面相をしていたが、ようやく納得のいく笑顔ができた。


「オッケイ!」


 制服をクリーニングボックスに入れると、鞄を手にロッカールームを出た。足取りも軽くエスカレーターを下り、正面玄関へ向かう。


 今度来るのは明後日でいい。

 久しぶりの一日半の休みに、身体は疲れているが気持ちははずむ。


(やっとゆっくり眠れるわ! 明日は晴れるらしいからラグを干して……)


 ロビーを横切り、あと五メートルもすれば正面玄関をくぐる。

 なにげなく目にするいつも穏やかな総合受付から、かすかな悲鳴が聞こえた。


(まさか)


 ルージュはきびすを返すと、はじけるように駆け出した。

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