エコスパイス
左臼
エコスパイス
「出来た! 出来たぞ! 世紀の発明だ!!」
博士は興奮した声を上げた。
その手には容器が握られており、その容器には粉末が入っている。
目の前には、うなぎからバッタまでの調理されたものが皿に並んでいて、それぞれが味の測定器にかけられていた。
「やりましたね博士! これで食糧問題は解決し、絶滅危惧種の生物たちが救われますよ!」
助手もはしゃいだ声を出す。
そして、率先してうなぎではなくバッタの方に箸を伸ばす。
「うん、美味い。最高の味だ!!」
助手の顔がほころぶ。
その顔は、この世で最も美味しい物を食べたかのような至福の顔だ。
博士の開発したスパイスの効能は、環境にはびこり過ぎている種にかけるほど美味しくなるというものだった。
なので、絶滅危惧種のうなぎにかけるよりも、大量発生を続けるバッタにかけた方が効果が高い。
結果、スパイスをかけたバッタは至高の食材となり、助手の顔のほころびに繋がったわけだ。
このスパイスを使うことで、環境を破壊するほど増えてしまう種が美味しく食べられるようになる。
すると、人々はこれまで美味しいとして食べられてきた絶滅危惧種を食べるよりも、今まで食べられてこなかった環境を汚染するような生物を食べるようになるだろう。
これにより、環境問題は大きく改善することが見込まれる。
「さっそく公表の準備を始めよう!!」
――数年後。
エコスパイスという名前で、博士の開発したスパイスは知られるようになっていた。
量産体制が整い、一般流通に乗るようになり、今では一般家庭で普通に使われるようになっている。
それだけでなく海外展開も順調であり、このままの勢いで行けば塩や胡椒のように、当然のように使われる調味料になる日も遠くないだろう。
最近では、エコスパイスで美味しくなる素材を探すのが、ブームになりつつある。
ツアーも組まれているくらいだ。
そして、開発者である博士と助手の中でも、エコスパイスをかけることで美味しくなる食材探しのブームが続いていた。エコスパイスの魅力にもう取り憑かれていると言っても過言ではない。
「博士、今日もブラックバスを釣ってきましたよ」
「でかした助手くん! やっぱりブラックバスは定番で美味しいよな」
漁から帰ってきた助手は、早速キッチンに行き調理に取り掛かる。
それが終わるまでの間、博士はテレビでニュースでも見て待っておくことにする。
『凶悪事件各地で多発。その関係性は未だ分からず』
そんなテロップが表示されている。
なんでも、最近各地で謎の無差別と思える動機不明の殺人事件が増えているのだという。
しかも、その殺され方が中々に残酷で、死体は幾つもの部位に分けられ、どこかに消えてしまった部位も多いらしい。
「世の中、恐ろしいこともあるもんだ」
博士は、その恐ろしいニュースに身震いをする。
けれどあくまで他人事である。
そのような、自分と関わり合いの無い世界のことに長く頭を悩ませても、いいことなんて1つもない。
「博士……」
「なんだね、助手くん? 料理はもうできたのかね?」
助手は包丁を片手に立っていた。
多分、ブラックバスを捌いている最中なのだろうと博士は思った。
助手の目は、なぜか据わっていて、博士は奇妙なおぞましさを覚える。
「博士、エコスパイスは、環境を破壊する種にかけるほど美味くなるんですよね?」
「ああそのとおりだ。環境を埋め尽くすほど繁栄している種は、ある成分を体内に溜め込むようになる。エコスパイスはその成分と反応して旨味成分を生み出すようになっている。その成分の量が多いほど、人間の味覚には美味しく感じられるようになっているのだ」
博士は自分の生み出した世紀の発明について熱く語る。
「それでですね。博士考えたんですよ」
「何をだ?」
「一体、何にかければ最も美味しくなるのかって。今まで色々試してきましたよね。そこらへんにいる虫から外来種まで」
「ああ、沢山の美味しいものを食べることが出来たな」
「ただ、そう言えば1種類だけ、試していない生物があったなって思いまして」
「何かね。論理的であれば、私も捕獲を手伝うとしよう」
「博士、最も環境を壊している生物って何だと思います?」
助手は不思議な質問を投げかけてくる。
「なんだろうな? バッタとかかな?
「違いますよ、博士。思い当たらないんですか?」
「……な、なら、君の考えを聞かせてもらってもいいかな、助手くん」
「土地を切り開いて自分たちの都合のいいように作り変え、汚染物質を煙突から大量に排出し、自分たちの害となる生物を徹底的に殺し尽くす。そんな種が地球にはいますよね?」
「…………人間か?」
「はい、博士。大正解です」
助手の言う通り、今の世の中で最も環境を壊している生物は人間だ。
エコスパイスをかければ相当美味しく出来上がるに違いない。
そして、博士の頭の中でさきほどの凶悪殺人事件のニュースが繋がった。
あの殺人事件というのは、助手と同じことに気付いた人々が、好奇心と食欲を満たすために行ったものなのだ。
「さあ博士。この場で1つ環境に貢献しましょう」
助手は包丁を手に、博士に迫る。
「や、やめるんだ、助手くん!! 頼む、見逃してくれ!!」
博士は懇願する。
けれど助手の歩みは止まらない。
エコスパイス 左臼 @sourcemayomadai
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