霧の中に悪魔がいる

濃霧（2）

　私は運転席に乗り、妻と娘は後部座席に座った。

渋滞も無く、順調に目的地へ車を走らせる。

「今日はあの山に行くぞ」

私は運転しながら、前方の山へ向けて指をさす。

輪郭がぼやけた水彩画のような山。

娘は後部座席から前席に覗き込もうとする。

しかし、シートベルトで体が座席に戻される。

娘は再び前へ身を乗り出すも、すぐに体を戻される。

娘はその自らの意図と反して、体が戻ることが面白いようだ。

「お母さん、見て。こうすると、車に体が吸い付くの」

後部座席で、娘は妻に何度も見せている。

その光景を私はバックミラーで見る。

微笑ましくて、ふと見入ってしまう。

飽きた娘は、両足の膝から下をぱたぱたと動かす。

再び、娘は目を輝かせる。

「お母さん、足をこうすると、ボールみたいに動くの」

片足を座席の側面に打ち付けると弾力で足が弾むのを見つけて楽しみ始めた。

間もなくして、娘は座席の弾力を活かして、臀部で跳ね始めた。

「ねえ、見て。お尻でしてるの。凄い？」

娘は妻を見ながら、ぴょんぴょんと跳ねている。

「あんまり、動くと危ないわよ」

妻は笑みを浮かべながら、そっと言う。

「ねえ、凄い？」

娘はきゃきゃっと跳ね続ける。

「凄いね、凄いよ」

妻は、娘の肩に優しく手を添えて言う。

「お母さんもしてみて」

娘は跳ねながら妻を見る。

その娘の目はキラキラとした好奇心の眼差しだった。

「私はいいわよ」

妻は苦笑いしている。

「ねえ、してみて」

娘は要求しながら、さらに跳ねる。

「そんなに跳ねたら、車が壊れちゃうぞ。そろそろ、終わり」

私はバックミラーでちらりと見て言う。

私の話を聞いた娘は、しゅんと遊ぶのをやめる。

「疲れちゃった」

娘は笑みを残したまま呟くと、窓を眺め始めた。

　景色は市街地を抜けると、田畑が多くなる。

段々と民家もまばらになり、高低差の多い道になってきた。

水彩画の山は姿が変える。

青々とした葉が生い茂る太い木々が密集し、山肌を覆っている。

山の近くになればなるほど、山の大きさに圧巻する。

道は急勾配になり、山道に入ったことを知らせる。

右側には山の斜面、左側は崖の道になる。

舗装された二車線道路で、対向車とすれ違いは容易だが、速度に気をつける。

枝葉の隙間から木漏れ日がキラキラとして、新緑が眩しい。

木漏れ日は私の瞳をチラつかせる。

妻が窓を少しだけ開けた。

すうっと、涼やかな空気が車内に入り、心地よい。

枝葉の擦れる音や鳥の囀りも聞こえる。

「川があるよ」

妻が言う。

耳を澄ませば、僅かにせせらぎの音も聞こえる。

「ねえ、わたしも見たい！」

娘が身を乗り出すも妻の席側には行けない。

それを見た私はどこか停車できる場所を探した。

少し走らせると、先に停車区域を見つけた。