三 事故物件
また、一方、普段の生活においても、右どなりの503号室の美人さんとは、「あ、こんにちは。今日はいい天気ですね」、「こんにちは。ほんと気分のいい陽気ですねえ」と親しげに挨拶を交わして、彼にとっては安らぎのひと時となっていたんですが、対して左どなりの501号室の女はというと、相変わらずこちらをじっと無言で睨んできたりして、どうにも薄気味悪くて仕方ないんですね。
そんなご近所さんとの問題もあって、いい加減、我慢も限界に達したA君は、そのマンションを紹介してくれた不動産屋に電話をかけて、ある疑念を確かめてみることにしました。
こういう場合、一番に考えられる原因はやっぱり事故物件ですよね? もしかしたらルール違反にも黙っていたのかもしれないし、たとえ事故物件でも、間に一人以上借家人を挟めば、告知の義務はなくなりますからね。そんな合法ではあるんだけれど、消極的に卑怯な商売をしているのかもしれない。
「あの、この部屋ってもしかして事故物件じゃないんですか?」
A君は、少々語気を強めて不動産屋をそう問い詰めました。
でも、予想外にも不動産屋は、「いえ、Aさんの借りている502号室はぜんぜんそんなことありませんよ」って、けろっとした声できっぱりとそう答えるんです。
もっと動揺するだとか、はぐらかすだとかするんじゃないかと思っていたものですから、A群は拍子抜けといいましょうか、なんだか肩透かしを食らったかのように、「あ、ああ、そうですか……」と、バツが悪くて生返事しかできなかったようです。
でもね、そのわずかの後に、あれ? と思い直したんですね。
今、確か〝502号室
そこに考えの至ったA君は、改めて不動産屋に尋ねました。
「じゃあ、他の部屋ならあるってことですか?」
すると不動産屋は、「ああ、いやあ、Aさんのお部屋ではなかったんで、あえてお話することもないと思ったんですがぁ…」と、今度は目に見えて言葉のキレを悪くしながら、しまった! 口を滑らせた! というような感じで話し出したんです。
「いやですね、Aさんの借りられている502号室は何事もないんですけどね、おとなりのお部屋、じつは以前、住人の女性が自殺をしていましてね。なんでも男女間のもつれが原因だったみたいなんですが……ま、そのせいか不人気で、借り手の出入りも激しいんですよ……」
不動産屋はそんな風に、Aさんの部屋ではなく、そのとなりの部屋が事故物件だと白状したんですね。
しかも、その話しぶりからして、おそらく事故物件というだけでなく、はっきりとは言わないけれども、やっぱり
となりの部屋とはいっても、ただの壁一枚隔てただけですよ。そうなると、A君の身に起こってることとも無関係とは思えませんよね?
なるほど……じゃあ、あの女の脚はその自殺したとなりの住人のものなのか? でも、右どなりと左どなり、いったいどっちの部屋だ? ……ああ、あの薄気味悪い501号の女! そのとなりの部屋ってのが501号の方で、あの女がその霊に取り憑かれているんだとすれば、あの不気味な態度にも納得いくな。
不動産屋の話に、A君の中でこれまでの出来事がだんだんに繋がってきました。
でもですよ、続けて不動産屋はなんだか変なことを言い出すんだ。
「今、おとなり空いているでしょう? まあ、そんなわけで借り手がいないんですよ。けど、Aさんのお部屋は特にクレームのあったこともないですし、これまでも長く借りている住人ばかりでしたんで大丈夫ですよ」
……おとなりが、空いている?
いや、そんなはずはないんです。まあ、片方はちょっと気味悪い感じだけど、ちゃんと両どなりとも生身の人間が住んでるんですから。
「いや、両どなりとも若い女性が住んでますけど……もしかして、部屋の階間違えてませんか?」
怪訝に思い、A君はそう聞き返しました。
「ええ? ……いや、おかしいな。5階で合ってますよ。何かの勘違いじゃないですか?」
ですが、電話の向こうの不動産屋は何か資料でも確かめている様子で、改めてはっきりとそう答えるんです。
「勘違い? いや、そんなはずは…」
とそこまで言いかけたA君でしたが、不意に嫌な考えに捉われました。
も、もしかして、あの薄気味悪い501号の女、あれがこの世のものじゃないんだとしたら……。
そこに思い至ると、A君は背中にゾクゾクと冷たいものを感じ、自然と体が強張るのを感じました。
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