第15話 血を吸う鬼は血を流す(ミュナ視点)


 だめ!!

 放り出される自分の眷属を見て、わたしの体が反射的に動いた。手を伸ばして武器を掴もうとしていた。


 僅かに届かない距離だ。


 や、やだ!!


「カナタくん!!」


 わたしは屋上を躊躇なく飛び降りてカナタくんを掴もうとしたけれど。


「行かせるわけないじゃない?さようならぁ弟と妹」


「ミュナ!!」


「あぐ……」


 首根っこをダイナに掴まれて、わたしは屋上の地面にお尻から転んでしまった。


 な、なに?

 打ってしまったお尻よりも、胸元が熱い。


「っ……!!」


「ちっ。俺様が小癪な手段に引っ掛かるとは……」


 鎖がチャラチャラと音を立てる。紅く染まった飛び道具を指で回しながらもて遊ぶ姉を、腕からぽたぽた雫が垂れるダイナが憎々しげに奥歯を噛んで睨んでいた。


「あらぁ。あら、あらぁ残念だわ。今ので動けなくなってくれることを期待していたのよぉ」


 嫌な人……。

 自分だって、眷属が命よりも大切なくせに。こんな風に戦いに利用するなんて。


 王位継承戦が始まる前でさえ、兄弟たちに対して、わたしはいい思い出なんてあんまりない。

 それでも、わたしが今までこの王位継承権に参加せずにいたのは……。


「はあ。なんだかあんまり、知りたくなかったなぁ……」


 おっとりととした姉にこんな一面があったなんて。


「……カナタくん……」


 ズキズキと傷み始める胸元を腕で押さえながら、私はよろよろと立ち上がる、そうだ、自分のすぐに止血された傷を気にしている場合ではない——むしろ見ない方がいいと思った、早くカナタくんを助けに行かなくちゃ。


 無事、なのかしら?


 武器化が解けるタイミングが良ければ……、或いはカナタくんの武器化が自在に操れる不思議な能力が有効であれば、きっと……。


 他人の眷属を心配している余裕はなかった。お姉様は私たちをカナタくん達の元へ行かせる気はないのは明白だ。なら、どうする。


「倒すしか、ない!!」


「はっ。ミュナ。俺様も同じ意見だ。おい、武器をよこせ」


「人にものを頼む態度なの?」


 なんとなくダイナの物言いにイラッとしつつ、私はまだ薄く血が滲む胸元の前で手を組み、そしてオリジナルの武器を己の血から生成、双剣のうち、片割れをダイナに放り投げた。


「ふん。俺様が頼んでやったんだ。光栄思いやがれ」


「思わないわ」


 ダイナの言葉をばっさりと切り捨てて、姉を睨む。なんとか隙を見て、カナタくん達を救出しに行かなくちゃ。


「たぁぁぁぁぁあああっ!!」


「やだぁ。怖いわぁ。まるで眷属みたい。そう、戦うのねぇ……じゃあ、仕方がないわね」


 駆け出した私の耳元で鎖の音が鳴る。飛び道具が、腑を目掛けて飛んできていた、素早く地面を蹴ってそれを避けようと。


「っ……!」


 足に絡みついた鎖が私を姉の元へと行かせない。


「こっちも忘れてんなよ!!?」


 転んだ私の代わりにダイナが、剣を掲げて振り下ろした。

 

「あら、それならこれも忘れてないかしらぁ」


「が……っ」


 私の元へ飛んできた飛び道具が、ダイナの背を掠め、姉の手中に収まった。ダイナの自慢していたお気に入りの上着はもう見る影もなく無惨なほどに、ボロボロになってしまっている。


 早く、早く下へ行かなくちゃ。

 焦る気持ちを抑えながら、足に絡まった鎖をほどいていく。


「おい!!ミュナ!!よけろ!」


「え……」


 固い鎖をほどく中。ダイナの声が届いた。

 ——あ、まずい。

 私の目の前に、金属のきらめき飛び道具が迫ってきていた。自分の剣は転んだ時に手放してしまって手が届かない。


「つ!」


 ギャアアンッ。金属同士が擦れる音が響く。


「?」


 痛くない。恐る恐る。目を開いてみる。


「まったく。だから、腑抜けていると言ったのだ」


 聞き覚えのある声が、した。


「え……。おにい、さま」


 飛び道具は、私の目と鼻の先で剣によって地面に縫い付けられていた。鎖が付いた飛び道具の輪っかの部分に、剣が見事に貫いている。


「兄貴……」


「シンヤお兄様!?つ……。邪魔、しないでほしいわぁ」


「なにか。勘違いをしているようだが……。これは我が獲物での」


 貯水タンクの上からひらりと舞い降りたシンヤが、私と姉の中間に降り立ってそう言った。

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