幕上げ
第9話 狙われてるんです!!
8月上旬。
夏真っ盛りなこの時期。
ただでさえ、地球の温度が熱苦しいのに、僕はもっと暑苦しい友人たちに囲まれて疲弊していた。
他の学生は、夏休み明けに行われる文化祭の準備で大忙しだ。女子なんて特に、サボってないで仕事しろ的な目でめっちゃ睨んできてるんだけど!
「なあ!!お前!桜木さんと一緒に出掛けたってまじか!!?桜木さん絶対休日は男と過ごさない人だと思ってたのになあ」
「あー!あー!あー!!聞こえなーいーー!」
「おーい!いつの間にそんなことになったんだよ!教えろよー!カナタ!!」
「あーーーーー!!!聴こえなーーい!」
「うら!!吐きやがれー!」
「ちょ…ぶは!!ぶはははっ!!やめ、マジでやめろ!?わかった、吐く、はくから!」
耳を手で押さえて無視をしていた僕を、友人たちがこちょこちょの刑に処した。
僕は、これが苦手すぎてものの数秒で呆気なくダウン。こちょこちょは、されてる方の苦しさが半端ない、意地を張っていたらこっちが窒息してしまいそうだし仕方がなく。
「お?なんだー?もう白状すんのかー?」
「するよ、するよーちょーするよー。ていうか、隠しておくほどの関係じゃないって……ったく。自習しに来たら、さ……桜木さんに会っただけだよ。それでファミレスでご飯食べただけだって」
「うわ!こいつあやっし!!」
「もういっぺんくすぐって……」
「うわ、ちょ……おーいー。やめ……」
がじゃん!!!!
ふざけ合っていたまさにその瞬間。
僕らの前にある看板を挟んで真向かいに、液体の絵の具が入ったアルミ缶が乱雑に置かれた。
僕たちは、一瞬にして静かになって、そそくさと解散した。
ミュナが、いや今は桜木さんが……じゃなくてもうミュナでいいや。
彼女が、僕らの前にある看板の前に座り込んで、氷の女王さながらの視線を向けてきていたから。
銀髪にペンキが付かないよう、シュシュでポニーテールにしたミュナは、アルミ缶から筆を取り出し絵の具の量を調整しながら看板を塗り始めた。
ペンキで汚れないように制服ではなくてジャージ半袖半ズボン。少女のすらりとした手足が顕になっている。
指示書を確認しながら、ミュナは絵の具を塗っていく。作業をしながら僕に怖い笑みを向けてきた。
「……きみぃ……随分と、人のことで楽しそうにしてくれてたみたいですね〜?」
「い、いや……。でも、ただご飯を一緒に食べただけだし?」
看板にペンキを塗るミュナの手が止まった。
「?あ、あの……みゅや。桜木さん?」
「………」
途端、停止していた少女の手が凄まじいスピードで看板を仕上げていく。
よく見ると、耳が赤くなっていて。
え?なに?なんなの?
どういうこと?
「……って、言われたのよ……」
「え?」
ミュナは、体操座りだった体を更に縮めてぽつりと呟いた。
「……で……デートって……言われた……み、みんなに……」
デート?
誰と誰が?
僕とミュナが?
いやいや、ご飯食べただけだし。
ああ、そうか。みんなは二人で出かけた思ってるのか。なるほど。
「もう!バカ!はい、終わり!!しーちゃん!こっち終わりましたよー」
「え!もう!?はっやいなぁ。流石仕事ができる女、琴音だわー!じゃあ、今度はこっちの縫い物手伝ってくれる?」
「なにそれ、変なあだ名付けないでよ。はーい!」
「あ、ちょ……さく……」
引き止めようとした僕の方へ、ミュナは使い終わった絵の具の付いた筆をずいっと差し出した。
後片付けはよろしくっていうことだった。
やるけどね。
僕は筆と空き缶を持って水道へ向かう。
「っ……」
廊下に出た瞬間。びりっと電流が走ったような痛みを感じた。廊下には窓ガラスがあり、隣の校舎が外の光景になっている。僕は、廊下側の窓の景色に、人影を見たような気がした。
「よう!お前がミュナの眷属かよ!はん!つまんねーやろーだ!」
あー。なんか来ちゃったぁ。
そんなことを思いながら僕は振り返った。
そこには、一人の少年の姿があった。
今の時期、他の生徒の目があるからと安心してしまっていた。そうだ、つい最近学んだばかりだというのに。
僕らは狙われているのだと。
それにこの時期、少し変な格好をしていても演劇か何かの衣装だと思われることが多い。クラスの人が僕たちを見ても不思議には思わないだろう。
目の前の少年も、吸血鬼らしいといえば、それらしい格好をしていて、確実に街を歩いたら目立つ格好をしていた。
「あの……何か用ですか?もしかして、他のクラスの衣装か何かですか?わぁ、よくできると思い……」
「何してるの?」
適当に投げ出そうと思っていた僕を救ったのは、やはりミュナだった。
「お!!てめー!!上手く隠れてやがって!!俺様は、今日!!てめーに宣戦布告しに来たんだ!!」
少年は鋭い犬歯を見せながら、ミュナに指を突きつけて、はっきりと告げた。
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