第2話 同級生コンビvs狼コンビ
《開戦》!!
闘いの幕が上がった。
その言葉を合図に、僕の身体が光に包まれて、変化していく。
自分の姿を自分で見たことは、一度だけある。以前、武器化した状態でミュナに頼み、鏡に映してもらったのだ。今の僕は、飾り気のない漆黒の大鎌になっている。
ミュナが腕をあげながら僕をバトンの様に回し、風を切って、格好良くポーズを決めた。銀色の絹糸が、風に浮き上がり、柑橘系の香りが薫っていることだろう。
ミュナは、兄を真っすぐに睨みつける。
「ふむ……。どうやら本気らしいの……」
余裕そうな声音。
狼の様な青年が真っ赤な大剣の剣先を床につけて構え、大剣には黒い薔薇が紋様として描かれ、咲いていた。
素人の僕にもわかる。声も態度もゆるーく構えているが、恐らく隙はない。
『ミュナ、大丈夫なのか?』
「大丈夫よ、カナタくん。安心して」
何度か練習で武器になってわかったことがある。
それは、武器化をすると意識や視界はミュナとリンクすること。だから、ミュナの意識は手に取るようにわかった。大丈夫、少女はそう言うが、僕にはミュナの焦りが伝わってきていた。
それに、今の僕の意識は霊体に近い。ミュナと視界をリンクさせながらも、自身でその場全体を俯瞰して把握することができた。
一眷属の僕がこういう状態なら、相手の眷属もきっとそうなんだろう。だから、これで相手の眷属の霊体を攻撃することができればいいのだが、攻撃どころか、どうやら相手側の霊体は見ることはできないらしい。
「ふん……。やはりつまらんの。我が眷属を使うまでもないわ……」
ジロジロと青年が、赤い瞳で僕たちを上から下まで見た後に、退屈そうに言った。
その瞬間、僕とミュナの意識が完全に同調した。
——こいつ、私たちを舐めているわ。
それでも、ミュナが踏み切れないのは、兄の間合いに入ることに、危機感を感じているから。
少女の、悔しげな気持ちが伝わってくる。
「ほれ、我が眷属よ、戻るが良いぞ」
大剣が輝いて、光の粒から人の形に戻ってゆく。
黒い髪がふわりと舞って。
「はぁい。シンヤ様!!がうー!リルちゃんだぞ!がうー!」
犬耳の帽子を被った黒髪の齢9ほどの少女が現れ、両手の指を曲げて八重歯が見えるように口を開いた。
——きゅん。
ミュナの心音が鳴った。
『……ミュナ、今ちょっと可愛いとか思ってない?』
「お、おおお思ってません!」
嘘つけ。ミュナの意識は僕に筒抜けだ。
僕はちゃんとわかってるぞ。
「よく挨拶できたのお。えらいぞ。後で好きなスイーツをなんでも買ってやろうぞ」
「えへへー!わーい!ありがとうシンヤ様!」
撫でられて、嬉しそうにしている様子は、子犬にしか見えなかった。
「さて……、眷属よ、後ろに下がっておれ。そして、しかとその眼で我が戦いを見とどけるがよい!!刮目せよ!!我が華麗なる戦いを!」
ミュナの兄、シンヤが、黒い手袋で、前髪をかきあげる。その後ろで、彼の眷属が、拍手喝采で瞳を輝かせた。
『……もしかして、ミュナのお兄さんって……ちゅ………』
「カナタくん。ストップ!それ以上は、言わないで……」
ミュナの目が泳いだ。
はい、もう言いません。
「ふ……っ。もう話し合いは終わったかの?」
今まで気怠げにしていたのが嘘の様に。
突然に、唐突に。
シンヤが間合いを一瞬で詰めた。
「っ……!!」
『早い!!』
ミュナの顔面に、シンヤが回した鋭い蹴りの一撃が当たりそうになる。ミュナは反射的に鎌の持ち手を引き寄せ攻撃を防いだ。しかし、シンヤの一撃が重い。軽いミュナの体は、簡単に教室後ろのロッカーへ吹き飛ばされた。
「がっ……」
ロッカーに少女の背中がぶち当たる。
少女の痛覚が共有され、僕は、霊体ながら顔を歪めてしまった。
『ミュナ!!』
「だ、大丈夫、大丈夫……。ごめんねカナタくんも痛かったよね」
『いや、僕のことはいいから!』
よろめきながら、ミュナが立ち上がる。鎌の持ち手を握りしめ直した。
「ほれ!」
「っ!はぁ!!」
「おっと……」
もう一度回し蹴りをしようとしたシンヤ。ミュナはまた食らってなるものかと、兄の足を切るつもりで鎌を振った。シンヤは、素早い攻撃をピタリと止めて、軸足で床を蹴ると後ろへ跳躍。
それでも、鎌の刃が僅かながらシンヤの服と足の皮膚をかすめた。
「……ふむ。ははっ。よいぞ!!ミュナ!」
「やぁぁぁ!!」
自分の足から滴った血を見て、狂戦的な表情を浮かべたシンヤ。もう一度ミュナが振った鎌を軽々と避けると、素早くミュナの背後を取って。
『ミュナ!!後だ!!』
「ぁぐ……!!」
カランッと音を立てて鎌が床へ落ちた。
ミュナは、シンヤに腕を後ろで掴まれ、締め上げられる。肩がどんどんと窄んでいき、みしみしと鳴った。
くそ……。
僕は、見ていることしかできない。
ミュナがリンクを切ったのか、痛みは届いてこない。
『ミュナ!!ミュナ!!!』
僕は叫んだ。この声は届いているのだろうか。
「痛そうだのお。ミュナ。ガクセーという遊びにうつつを抜かしておるからよ。随分となまっておるのではないか?」
みしみし。背中側に腕を回されて、締め付けられ、脱臼してしまうのではないかと、僕はやめてくれと叫んだ。
「つ……あ……うあっ」
細腕が、折れてしまうのでないかと思うくらいに、握りしめられていた。
ミュナの顔が痛みに歪み、シンヤの顔は楽しそうに微笑んだ。
「っ………!!!ぅあああ!!」
「!!」
ミュナも常人外れた吸血鬼である。
ぎりっと奥歯を噛み締めると、掴まれた腕ごと頭の方へ勢いよく挙げてシンヤをぶん投げた。肩が外れる音がする。声にならない痛みが少女を襲った。ミュナが口を開けて、かはっと空気を漏らす。
投げられたシンヤは、机や椅子にぶち当った。机が破壊され、綺麗に並んでいた列が乱れた。
「ほう。気力はまだあったか」
シンヤは意外そうに声をあげて、むくりと起き上がった。床に顔をつけて、痛みを堪える妹を眺めた。
ミュナの気持ちだけは僕に伝わってくる。
負けたくないと。負けたく、ない。
——負けたくない!!
「っ……うあああ……!!」
ミュナは大鎌の持ち手を握りしめ、振るってシンヤに牙をむけた。少女に余裕がなく、リンクが切れきれずに、痛みも僕に伝わってくる。
『ぐあ……!!』
腕が、肩が千切れそうなほど軋むような痛みだった。常人では耐えられないほどの。
「ふぅ、そう振り回すでない……危ないだろうに」
ミュナが振り下ろした鎌の刃は、シンヤの首元で止まっていた——止められていた。指二本で。刃を易々と押し返してきては、くわり、退屈そうに欠伸までできるくらいにシンヤは余裕をみせてくる。
「っ……く……」
『あ"あ"あ"ッ!!!』
そして、鎌ごと黒板へミュナを放って叩きつけた。衝撃に黒板が凹み、少女はずるりと黒板の破片とともに崩れ落ちた。
「ぅ……」
ミュナは頭から血を流し、リンクしている僕も、痛みに耐えきれずに意識がもうろうとし始めた。
僕は……、見ていることしか、できないのか?
僕は……、僕は、僕は僕は。
「カナ……タ、くん……?」
眷属は、武器化すれば、主人の許しなく、人に戻ることはできない。
はずだった。
でも、でもでもでもでもでもでも!
僕には、見ているだけなんてできない!!
ミュナが、ぐったりとした体で、息苦しそうに光の粒を見つめた。困惑しているのかもしれない。
「……ほう。まさか、ただの人間ごとに、主人との契約を破るものがいるとはの……」
面白いものを発見した少年のように瞳を輝かせたシンヤは、眷属を武器へと変化させた。
「破ってなんかない……」
いたい、いたい。
まだミュナの痛覚が僕の意識に残っている。
そんな想いをさせてたまるか!
「僕は、彼女の武器だ。彼女を、守る武器だ!」
好きな子を守りたい。
武器になって、ただ黙っているなんてできない。
それならあの雨の日に僕は、あのまま逃げ出している。
僕は、彼女を守れる眷属になりたい。
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