猫のミケットはご主人様を探すにゃー

さこゼロ

お腹も空いたし、探しに行くにゃ

「ご主人様、昨日は結局、帰って来なかったにゃ」


 玄関で丸くなりながら、三毛猫のミケットは寂しそうに呟いた。


 最近なんだか元気がなかったし、少し心配になってくる。外はもう朝だ。


 ミケットはむくりと起き上がると、部屋の奥へと移動する。それから水飲み場で水分を補給するが、空腹でお腹がぐううと鳴った。


「仕方ない、探しに行くにゃ。全く世話の焼けるご主人様にゃ」


 ミケットは前脚を伸ばしてお尻を突き出し、ぐぐぐと大きく伸びをする。それからプルプルと頭を振ると、いつも開いてる小さな小窓から外の世界へと躍り出た。


 〜〜〜


「来てねーぞ」


 アメショのシルバーが、エサを頬張りながら短く答えた。


 ここは庭の広い大きなお家。出てくる食べ物の質も高いので、ミケットも時々こうして顔を突き合わせる。相席食堂だ。


「てか、お前のご主人が、俺の食べ物をタカリになんて来ねーだろ」


「…それもそうだにゃ」


「ご主人探すなら、お前の好きな場所じゃなくて、ご主人の好きな場所を探さねーと」


「なるほどにゃ! シルバー天才だにゃ!」


 ミケットは瞳を輝かせると、シルバーにひと声かけてから、ひょいと庭の塀を飛び越えた。


 〜〜〜


『知ってます、奥さん? 昨晩そこのコンビニ前の交差点で、若い女性の飛び込み自殺があったそうよ』


『ええ、聞きました。まだ学生さんだったとか。トラックの運転手さんもお気の毒に』


 塀の上をトコトコ歩いていたミケットは、噂話をするふくよかな女性二人組の頭の上を通過する。


 それから脚の速い鉄の塊がたくさん通る場所に近付くと、不意に慣れた気配に包まれた。


「ご主人様の気配だにゃ!」


 ミケットは辺りをキョロキョロ見回すと、いつでも明るいお店を発見する。


「あれは、ご主人様がいつも食べ物を仕入れる場所だにゃ」


 そのまま一目散に駆け寄って、裏手の倉庫から屋根の上に駆け登った。


「ここでずっと待ってたら、きっとご主人様が来る筈にゃ」


 ミケットはムフーと鼻息を鳴らすと、入り口の見える場所で丸くなる。


 そうして幾日も幾日も待ち続けた。


 〜〜〜


「あなた、こんな所で何をしてるの?」


 不意に声をかけられ、ミケットは驚いて両眼を見開いた。


 目の前に、水色ワンピースを着た、中学生くらいの少女が立っている。艶のある黒髪ロングのポニーテールが、爽やかな風に心地良く揺れていた。


 周りには、白い花の咲くお花畑が広がっている。


 気が付くと、ここに一人で座り込んでいた。


「聞こえないの?」


 少女がぐぐいと、顔を近付けてくる。


「…分からない。何かを探していた気がする」


「そう、よっぽど大事な物だったのね。可愛い顔が台無しよ」


 少女はミケットの手を取ると、直ぐそばの泉へと連れて行く。その動作に、何故だか不思議な違和感を覚えた。


「あなた涙でぐしゃぐしゃだから、先ずは顔を洗ってサッパリしなさい」


 透明に透き通ったその泉は、キラキラと日射しを照り返して凄く眩しい。少し顔をしかめながら、言われるがままミケットは水面を覗き込む。


 そこに映し出された顔立ちは、人間の少女のものだった。


 慌てて手足を確認する。それから頭、ついでにお尻。耳と尻尾は生えてるが、何だかいつもと違うような感じがした。


「何をしてるの? 早くサッパリしちゃいなさい」


「う、うん」


 バシャバシャと顔を洗い終わると、目の前に手ぬぐいが差し出される。ミケットはそのままそれを受け取って、ゴシゴシと濡れた顔を拭き取った。


「もう一度、聞くわね。ここで何をしてたの?」


「…分からない」


 ミケットはゆっくりと首を振る。


「じゃあ、何を探してるの?」


「…思い出せない」


 ミケットの非協力的な反応に、少女は小さく溜め息を吐いた。


「だったら名前。あなたの名前を教えてよ」


「……」


「まさか、名前も分からないの⁉︎」


「…ミケット」


「ミケット⁉︎」


 少女の驚いた反応に、ミケットは思わず顔を見上げた。思えばこの少女には、何だか不思議な懐かしさがある。


「……まさかね」


 少女は自分を言い聞かせるように呟くと、俯き加減で首を横に振った。


「あの…?」


「ああ、ごめんなさい」


 ミケットの戸惑いに気付いてか、少女は再びその表情に笑顔を灯す。


「ここはこんな見た目だけど、怖い魔獣のいる危険な場所なの。とりあえず師匠せんせいのところに案内するから、一緒についていらっしゃい」


 少女にグイッと右手を引かれ、ミケットは慌てて立ち上がった。それから頭ひとつ分背の高い少女の顔を、歩きながらもそっと見上げる。


「…えっと」


「ああそうね、私はハツカ。初夏と書いてハツカ。まあ漢字なんてどうでもいいか。後から勝手に付けただけだし」


 ハツカは明るく笑い声をたてると、それからマジマジとミケットを観察した。


「それにしても、あなた子どものクセに、綺麗で長い足をしてるわね」


 薄汚れたような灰色のシャツ一枚の下には、スラリとした長い足が伸びている。


「蹴り技主体で戦い方を覚えたら、きっとスゴくえるでしょうね」


「バエル?」


「ああ、えっと…とても素敵だって事よ」


「そうか。だったらバエルように頑張る」


「ふふ、頑張って」


 二人は仲良く手を繋いで、森の中を歩いて行く。


 もしかしたら探し物は見つかったのかもしれないと、ミケットは何となくそう思った。




 〜おしまい〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫のミケットはご主人様を探すにゃー さこゼロ @sakozero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ